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2007年7月 9日 (月)

コーギーちゃんの里親が見つかる。07年7月9日

先日保護したコーギーの女の子の新しい里親がやっと決まった。
引受先は、以前愛犬を亡くされ、この春、お嬢さんを嫁がせて寂しい思いをされているご夫婦である。新しい名前は花ちゃんと決まり、これからは愛情豊かな幸せな日々を送るだろう。
彼女は捨てられたことは不幸だったが、結果的に幸せを掴んだ。
生き物をゴミのように遺棄してしまう元飼い主の所で、彼女が幸せに暮らせるはずがない。そのまま飼われ続けていたら、老いたり病気になった時、過酷な仕打ちを受けることになった。
これで、写真日記に掲載していた「飼い主募集」を安心して外すことができる。
ご心配していただいた方々に、深く感謝する。

今日の夕刊に、今年2月、我が家から1キロ程上流の新河岸川河畔の遊歩道で起きた事件について記述があった。死んでいたのは首に切り傷のある50代のデザイナーで、殺人なのか自殺なのか分からなかったが、記事には、生活苦による自殺と判明した、とあった。
生活苦と言っても、後進国型の餓死するような貧困ではない。広告デザイン業が立ち行かなくなって、将来を悲観しての決着のようだ。
この業界は、追い落とされてからの立ち直りは非常に難しい。安い仕事では、敢えてクオリティ低く仕上げなければならず、実績本位のこの業界では良い仕事が来る確率は相乗的に激減する。それでも、最近はコンペ形式が多くて、力勝負で勝ち抜くチャンスはあるが、個人経営ではなかなか勝てない。
その点、絵描きは個人で闘える。だが、チャンスそのものが極めて少なく、それが悩みの種である。

母は毎日、探し物が見つからずに私を呼びつける。
事前に私が用意した物を「置いてない。」と言い張るが、大抵、母自身が物影に置いて分からなくしたものだ。
先日は、粗相防止の為に着用している尿取りパンツがないと騒いでいた。私は洗濯したものを部屋の決まった場所に置いておくのだが、それがないと文句を言った。
「もう、はいているんじゃないの。」と言って仕事場へ戻ると、室内電話で「ごめんごめん。はいていた。」と笑いながら謝っていた。
今日は、寝る前に点眼する、緑内障の目薬がないと騒いでいた。これは無いと大変なので、時間をかけて探すと、ティッシュの箱の中に入っていた。点眼した後、ティッシュで拭くので、一緒にして置いて忘れたようだ。「嘘つき。何でも俺の所為にするんだから。」と文句を言うと「ごめんごめん。」と笑ってごまかしていた。
食事をしたことを忘れたり、私の名前や顔を忘れるようになったら大変だが、そこまではまだ至っていない。このくらいならまあ良いか、と深く考えないことにしている。

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