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2007年8月12日 (日)

蝉時雨一気に昭和をさかのぼる 07年8月12日

昨日より3度以上低い33度。それくらいの違いなのに、とても過ごしやすい。
多分、昨日が今年の最高気温で、猛暑の盛りは峠を越えたようだ。昨日の暑さに母はぐったりしていたが、今日は元気に過ごしてくれた。

猛暑が少し和らいだ所為か、自然公園に老人達が戻っていた。
公園の歩道脇に自生した芙蓉はピンクの大輪を開花させた。蝉時雨にツクツクホーシが交じり、心無しか秋の気配を感じた。
母を椎の木陰に休ませ、炊事棟へ霧吹きの水を補充しに行った。蛇口の水を手で受けて飲むと、自然に囲まれている炊事棟の水道は街中より冷たく美味しく感じた。ふいに、子供の頃、小学校近くの山裾の湧水を思い出した。それは甘くて美味しい水で、近くを通る時は必ず飲んでいた。

湧水の先へ1里程行くと、山に囲まれた田圃の中に兄や姉が通う細田中学校があった。
昭和30年頃の初夏、その中学校で催された展覧会へ母と連れ立って行ったことがある。それは、私が参加した地区合同のスケッチ大会での入選作品の展覧会で、木造講堂の広い空間に一等賞の金紙や二等賞の銀紙が貼られた作品が展示してあった。私は金賞の常連で、自分の作品を確認してからてから、窓から眩しい運動場を眺めた。運動場向こうの山裾の小さな田畑の上を、トンポがキラキラ飛んでいたのを昨日のことのように覚えている。
中学校の帰り、のどが乾いた私は道草をして湧水を飲んだ。甘くて冷たくて、あれ程美味しい水は他に記憶がない。

そんなことを思い出しながら炊事棟で水を飲み、母の元へゆっくりと歩いた。歩きながら、記憶の中の若い母が椎の木陰で休んでいる車椅子の母に重なった。

蝉時雨一気に昭和をさかのぼる

眩しい夏の光を眺めていると、昔の情景が次々と蘇る。日南市大堂津の軒の低い町並み、白く輝く道、漁港の機械油や日に炙られた魚の臭い。それらが古い映画の1シーンのように、思い浮かぶ。年を取った所為か、昔のことがとても懐かしい。

椎の木陰で母と休んでいると、傍らのベンチに老夫婦がやって来た。
せっかちな夫婦で、1分程腰かけていたかと思うと、すぐに立ち上がり柔軟体操を始めた。その体操も2回だけで止め、今度はお昼の相談を始めたがそれも尻切れとんぼに終わり、二人で管理棟の張り紙を読みに行った。その張り紙も2,3秒眺めただけで、すぐに二人は正門の方へ歩き去った。
夫婦とも先の事ばかり考えて、今を楽しめない性格のようだ。
夏盛りの美しい光を味わい、蝉の声に聞き入り、涼風に吹かれながら昔の事を思い返す。そのような人生の素晴らしさを味わうこともなく、二人は一生を終えてしまうのかもしれない。

自然公園の帰り道、若いお母さんが、捕虫網を持ち、小さな男の子を連れて歩いていた。母親は黒揚羽が舞うのを見つけて捕虫網を振るが、かすりもしない。それでも楽しそうに、蝶を追いかけている。そのスリムな身のこなしが若々しくて眩しく、私は車椅子を止めて見とれてしまった。

母親が捕虫網振る夏休み

傍らで男の子が「おかあさん、代わってよ。」と文句を言っているのが、とても可愛かった。

Gatt2お絵描きしているのが小学生の私の自画像。

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