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2007年8月19日 (日)

豊かな者は失う事に弱く、貧しい者は失う事に強い。07年8月19日

昨日の最高気温は27.5度と、一昨日より10度も低い。
それから、再び今日は気温が上昇、と言っても一昨日と比べるとかなり低いのだが、この乱高下はかなり体調に響く。もし、一昨日から今日の温度へ下がるのなら過ごしやすい日だと喜んでいたのに、老いた母には苦しい変動になった。

母は自然公園での散歩は普通にこなしたが、午後はけだるそうに殆ど寝ていた。
夕食後、様子を見に行き、「大丈夫か。」と聞くと「大丈夫。」と答えた。声だけ聞くと明瞭に受け答えしてくれて、以前と変わらないように感じる。しかし、起き上がってソロソロと歩く姿は一段と弱々しくなった。

あと4日で母は94歳。更に、94歳を頑張ってくれたとしても、95歳を迎えるのはかなりの難事だ。本心を言うと、来年も母が元気だとは、まったく考えることが出来ない。ただ、できるだけの世話をして、その先は母の運命に任せている。

それにしても、最後に残された家族の世話は寂しいものだ。母だからではなく、どのような家族でも寂しいものだと思っている。だが、一人残された自分の人生まで寂しいとは思っていない。全力を尽くした結果を淡々と受け入れるなら、その人生は明るい。
以前、昔の厭な出来事を思い出して「いやだ、いやだ。」と呟く癖があった。それを呟かないように改めてから、厭な気分になることが減った。言葉には不思議な力があり、明るいと言えば本当に明るくなり、暗いと言えば暗くなるもののようだ。

豊かな者は失う事に弱く、貧しい者は失う事に強い。そのように、どのような人生もトータルすると大きな差はなくなる。禅問答みたいだが、空虚なまでに何もなければ、悩む事もなく明るく生きられる。失うものがない者が最大の強者なのかもしれない。

最初の母のガン治療から10年目に入った。その中、2003年の肝臓ガン宣告は重く、これは助からないと思っていた。それは母の家庭医も同じで、病状を話すと、「高齢ですので、何もしない方が良いかもしれません。」と暗い顔をした。しかし、その後の治療は奇跡の連続で、肝臓ガン手術から5年目に入ったのに母は生きている。
ここまでやってくると納得できる。「納得できる人生」それは素晴らしい言葉だ。

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