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2007年8月30日 (木)

老ハサミ研ぎ職人。07年8月30日

午前中の散歩を休み床屋さんへ出かけた。
住まいを出て、環八沿いに歩いていると、「お急ぎの所申し訳ありませんが、小豆沢4丁目はどのあたりでしょうか。」とインドかバングラディシュ出身らしき人に道を聞かれた。こざっぱりした服装で、就職の面談へ行く様子だ。背負っていたバックから地図を出して教えると、何度も丁寧に礼を言って去って行った。随分丁寧な礼儀正しい外国人だ、と思いながら、今話題の朝青龍のことを考えた。

識者達が相撲社会の礼節を教えなかった方も悪い、と言っているがそれは違う。仮病を使って義務を放棄したら、世界中、どの民族でも罰の対象になる。当のモンゴルでも、罪を犯したのだから罰は受け、謝るべきだとする国民は多い。要するに、彼は元々非常識な人間であった訳だ。

そんな事を考えながら床屋さんへ歩いた。
雨が降っていたので客は少ないと思っていたが、老人の先客が二人いた。母の散歩を休んだので、時間はある。持参したスケッチブックにのんびり注文絵のデッサンをしていたら、いつの間にか時間が過ぎて私の番が来た。
床屋さんと私は同年齢である。頭をあたってもらいながら、歳の話になった。
「互いに、後20年経つと80代ですね。40の時は20年後を心配はしていなかったけど、80代は相当にきついですね。」と話すと、「そう言えば凄い81歳がいましたよ。」と床屋さんが話し始めた。

その人は伊勢崎に住む81歳のハサミの研ぎ師で、先日、道具を抱えて床屋さんに飛び込みで訪ねて来た。
「腕には自信がある。使い物にならなくなった髪切りハサミがあったら是非研がせてくれ。」と、その見知らぬ老職人は頼んだ。代金は2000円と安いので、主人はダメ元と思って廃品同様のハサミを渡した。

私は知らなかったが、プロ用髪切りハサミは大変高価で一丁30万円以上する。だから研ぎも難しく、製造元へ送り4,5千円の費用をかけて研ぎなおす。老職人へ渡したハサミは刃先のネジリにガタが来ていて、製造元に断られた品だった。
老職人は商売の邪魔になるからと、外の軒下に道具を広げて仕事を始めた。猛暑の中、黙々と仕事を続ける姿が窓の外に見えた。時折、彼は濡れティッシュで試し切りしていた。その丁寧な作業を見ながら、主人は本物の研ぎ師だと確信した。やがてネジリの調整と研ぎが終わり、老職人は主人の前で濡れティッシュを微動だにさせずに刃先までスパッと切って見せた。もし、少しでも切れ味が悪いと、濡れティッシュは刃先に押し出されて揺れる。そのようなハサミでは正確に髪をカットする事はできない。主人はいたく満足した。

「彼が元気な内に、残り全部のハサミも、頼もうと思っています。」と、床屋さんは話していた。81歳になって道具を抱えて見知らぬ床屋さんを訪ね歩き、飛び込みで仕事をさせてもらう。それは互いにプロだから成立する仕事だ。私は老職人がとても羨ましくなった。

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