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2007年9月23日 (日)

風一陣ツクツクホーシは黙り込み 07年9月23日

ようやく涼しくなった。昔の中国の型染めの上っ張りを母に着せた。藍に白抜け花模様のゴワゴワと厚い生地で百年以上は持つ木綿布だ。
緑道公園で、一瞬ツクツクホーシが鳴いたが、冷たい風が木々を揺らすと、ヒョロヒョロと力なく鳴きやんだ。やっとのことで秋に到達したようだ。

風一陣ツクツクホーシは黙り込み

緑道公園脇の墓地はお彼岸で大にぎわいだった。最近、車での墓参りが多く、交差する道を横切るのに苦労した。どの墓にも新しい花が飾られて、線香の煙りがたなびいているが、見捨てられたようにひっそりとした墓も多かった。

忘れられし墓によりそう彼岸花

彼岸花は突然に劇的に登場してすぐに消える。そして、野に緑が消える冬に葉を茂らせ、その葉は春の訪れと共に消える。原産地は中国で1個の球根が日本へ伝わり全国に広まったと言われている。全草有毒だが、飢饉の時は時間をかけて毒抜きをし、食用にした。有毒でネズミが嫌うので、田圃の畦や墓場等に植えられたようだ。

墓脇を車椅子を押していると、今朝、不思議なことがあったと母が話始めた。
線香を仏壇に上げようとしたら、線香立ての灰の中に赤い小さな火があったと言う。
「それは、線香を上げたことを忘れて、もう一度上げようとしたら前の火が残っていただけのことだ。」と言ったが、「そんなことは絶対ない。」と否定する。それなら、「それは、お彼岸で甚平さんが小さな火の玉になって訪ねて来たのかもしれない。」と言うと母は喜んでいた。
甚平さんとは母をとても可愛がってくれた母の祖父である。時折母は、死んだら甚平さんに会えると嬉しそうに話す。あの世に会いたい人がいるのは幸せなことだ。

火の玉の話から思い出したのか、母は5.6歳の頃、町内で出かけた放生会-ほうじょうえ--のことを話し始めた。
放生会とは殺生を戒め万物の生命をいつくしむ祭事だ。ちょうど今頃の季節、久留米の町内の一行と母たちは、深夜、久留米郊外の野へ出かけ、山犬たちのために食べ物を撒いて歩いた。その時、母は夜空一杯に星が大きな山犬を描いているのを見たと言う。
「おっかしゃん。大きな山犬が空にいる。」と祖母に言うと「また、馬鹿なことばっかり言って。」と母は叱られた。しかし、母は今でもその大きなキラキラ光る美しい山犬の姿をありありと覚えていると言う。小さな子供は大人には見えない不思議な世界が見えると言われている。話を聞きながら、私もその山犬を見たくなった。

その後、母たちは高良山の神社にお詣りした。その時、母は境内の山犬の石像の口に放生会で撒くおにぎり等詰めて回り、再度祖母に叱られた、と楽しそうに話した。
母は昔話をしている時はとても元気だ。甚平さんのことも毎日のように話す。話すことで脳が活性化し、惚け防止に役立っているのかもしれない。

午後、母の腹が張るのは相変わらずだった。近く、生協浮間生協診療所へ連れて行って相談する。去年と同じ症状なので、再度潰瘍が出来ているのかもしれない。

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