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2007年9月26日 (水)

月見団子と大釜 07年9月26日

連休が終わり、静かな散歩コースが戻った。途中、兄へ出すハガキへ入れる母の写真を撮りながら、赤羽自然観察公園へ向かった。緑道公園のナツメの木は今年はいつになく大豊作で、枝がしなるほどに実っている。ナツメは今年のような猛暑が好きなのかもしれない。

自然公園は常連ばかりになって、静かで心地良かった。いつものように椎の木の下で休んでいると、パラパラと熟れた実が落ちて来た。地面は一面、焦げ茶色の椎の実に覆われている。母が休んでいる間、新鮮な実を選んで拾うと、すぐに1合程になった。

古民家の廊下には月見団子がまだ飾ってあった。そう言えば昨夜、「きれいなお月さまが出ているよ。」と母に呼ばれ、行ってみると母はベットに横になったまま月見をしていた。私は灯りを消して、ベット脇に座って見上げた。月は雲の波に漂うように浮かんでいた。

平日なのに小学生の5人組が古民家に来ていた。
「大きなお釜は五右衛門風呂なの。」と子供の一人が聞くので、山姥を茹でる釜だと答えた。それから、旅人を茹でて食べようとした山姥が、逆に茹でられてしまった話をした。子供たちは目を輝かせて聞いていた。---山姥を茹でたお湯は真っ赤に染まっていた。翌朝それを裏のソバ畑に撒くとソバは美味しい実をつけた。ソバは山姥の赤い血を吸ったので、それからは根元が赤くなった。---と話すと、女の子の一人がソバの赤い根元を見たことがあると言った。男の子の一人は「山姥はどうしてそんな悪いことをするの。」と聞いた。
「さあ、どうしてなのか、一人で長く山の中に住んでいたからかな。」と答えて、私たちは古民家を出た。

散歩帰りに赤羽駅高架下のアルガードを通った。
生活雑貨のスーパーアルガードへ寄ると、ペット売り場に、いつもの売れ残りのメイクーンがカゴの中にいた。彼は一人でいたい時はカゴの下にいる。そこはビニールで囲まれていて、じゃらしたい買い物客の指が入らない。しかし、かまってもらいたい時は、上段のオープンなスペースにいる。もっとも、人好きな彼は、いつも上段にいるが。

母はいつものように、指先で彼の可愛い白い手を撫でていた。犬やネコに触れていると、母は気持ちが和み、元気になる。帰りがけ、「早く売れて名前を付けてもらわないと、可哀想ね。」と母は言った。名無しがネコにとって不幸なのか分からないが、買い主に引き取られて、広い場所を駆け回らせてはあげたい。だが、すっかり大きくなったネコは売れそうにない。ペットショップは楽しいが、続けて行くと物悲しさが見えて来る。

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