コトコトと鰹節を削る音が懐かしい。07年9月29日
5時過ぎに目覚めた。外は暗い。天気模様を見にベランダへ出ると、手摺に水滴が光り、下の環八は雨に濡れていた。テレビでは11月の寒さだと言っている。風が寒く、すぐに部屋へ戻った。
朝食までの間、母は椅子に腰かけたまま気持ち良さそうに眠っていた。声をかけると、「あら、眠っていたみたい。」と微笑んだ。最近、母は穏やかに微笑むことが増えた。今の母を見ると、90歳前まで私と激しく議論していたことが嘘のようだ。
雨の中、母に雨具を被せて散歩へ出た。
古民家では、昔の食事の体験会の準備をしていた。車椅子を竃の火が見える場所に置くと、温かくて気持ちよいと母は微笑んだ。今日の料理はすいとんである。戦中戦後のすいとんは不味いものの代表だが、体験会のすいとんは材料が良く美味しく仕上がるだろう。
参加者の子供たちは庭の小さな畑でインゲンを集めていた。痩せて小さい莢だが、採りたての味は格別だろう。別の参加者は出汁用に鰹節をコトコトと削っていた。昔の子供は食事前によく削らされた。時折、小さくなった鰹節をおやつ代わりに貰えるので、私はせっせと削って早く痩せさせた。育ったのは鰹節の生産地で、どの家庭にも鰹節はふんだんにあった。
鰹節は総ての食品中一番堅い。しかし、昔の子供は歯が強く、時間をかけ奥歯でガリガリ齧った。父は食べ物に贅沢で、瀬戸物やガラスの破片で薄く削った鰹節しか食べなかった。そのように透き通るほど薄く削った鰹節は口に含むと、フワリと雪のように溶けた。
自然公園の帰りは生協で買い物をして、桐ヶ丘を抜けた。途中にある廃校になった北中学の取り壊しが始まっている。以前は静かなコースだったが、工事が終わるまでは通らないことにした。桐ヶ丘は、至る所に彼岸花が咲いている。時折、車が過ぎ去ると、雨の中に路傍からこぼれるように咲いていた彼岸花が揺れた。
夕暮れ、テレビを見るとプロバンスの日本人とフランス人の夫妻の生活を映していた。豊かで幸せそうな画面を見ていると息苦しくなる。その生活が幸せとは限らないのだが、私の置かれた現実と違いすぎているからかもしれない。
本の仕事は危ういとは言え、結論が出るまでは原稿書きを続けなくてはならない。先行きが分からないまま、全力を注ぐのは疲れる。創作の作品なら本にならなくても書き続けるが、今書いているのは実用書に分類されるもので価値はない。やはり、私は絵描きをしている方が、心安らぐ。
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