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2007年9月20日 (木)

20年後を考えると末恐ろしくなる。07年9月20日

19日
東京北社会保険病院眼科での緑内障の定期検診日で、午後2時のゴールドマン視野検査へ母を連れて行った。前回から1年半を経て、視野欠損はゆるやかに進行しているが、許容範囲内で心配はいらない。しかし母は、40分近い検査によって疲労困憊してしまった。
「もう、視野検査はやらないからね。」
検査が終わった後、母は辛そうに言っていたが、私も再び検査を受けさせる気はない。これから1年半後は母は95歳半ば。生きているかどうか分からない。
帰り道、薬局に寄って強壮ドリンクを3本買い、住まい近くの公園で1本を飲ませた。まだ、そんなことで、元気を取り戻してくれるのが救いである。

20日
午前中は母は元気である。自然公園へ連れて行くと、いつものように歩いてくれた。
日射しは強過ぎて常連の顔はなく、閑散としていた。今日の暑さは夏の猛暑に疲れ切った老人たちには厳しすぎる。そんな暑い中に、湧水池の回りには彼岸花が季節を忘れずに咲いていた。休んだ椎の木陰には椎の実が地面を覆っていた。拾っていると、すぐに片手一杯になってしまった。椎の実は煎って弾けさせると、香ばしくて美味い。粉にして椎の実クッキーを焼く人もいるが、私はそのままの仄かな甘味が好きである。

午後はヘルパーの方に入浴サービスを頼んであったが、母は疲労しているので、ベットで拭いてもらうだけにした。頭は水のいらないシャンプーを使った。
母の疲労は単純な夏の疲れだけでなく、打つ手のない老いのせいに思える。老人の体力は階段状に落ちて行くもので、今回また一段落ちたようだ。老いを受け入れるには、理由は考えず強引に認めてしまう他ない。

40代の頃、友人達と集まると、20年後の自分たちのことが話題になった。その頃はみんなとても元気で、60歳くらいまでなら元気を維持出来ると思っていた。
しかし、外見はだめである。最近では、みんなの頭は揃って薄くなったし、肌の張りもなくなった。面白いのは、「お前、頭が薄くなったな。」と言っていた友人たちが、外見に触れなくなったことだ。それぞれに老いと対峙して来た結果だろう。

60歳を3年近く過ぎた今、自分の20年後を考えると不安になる。社会サービスはことごとく減衰し、老人が生き残るにははなはだ厳しい環境が待っている。しかし、その20年は目標を成し遂げる最後のチャンスでもある。限界まで精一杯に生きて、もし枯れ木が倒れるように死ねたら最高の人生である。

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