« ようやく企画書を送信し、今は絵描きに戻っている。07年10月10日 | トップページ | 昭和38年の環状七号線の夢。 »

2007年10月12日 (金)

赤羽台団地は人も風景も変わって行く。07年10月11日

今日は母の入浴介助の日。以前は午後に頼んでいたが、最近母の疲労が大きいので、元気な朝9時半に変更してもらった。私は散歩を休めるので、日頃できない用件を片付けることにしている。

先に私がシャワーを使って浴室を暖め、その後、母がシャワーを使う。いつもなら、母はシャワーを軽く浴びるだけだが、ヘルパー介助の日は全身をくまなく洗ってもらう。これだけは母のプライドがあり私にはできない。こちらへ引っ越して来るまで母は湯船に入っていた。しかし心臓腎臓の負担が大きく、疲労困憊するのでシャワーだけに変えた。この住まいは暖房がよく効くので、それだけで十分に温まる。

10時半に介助が終わった。休んでいる母に体調を聞くと腹が張ると訴える。胃腸機能が弱りガスが停滞しているのだろう。症状緩和のため、ガスコンとナウゼリンを飲ませた。最近、母は毎日のように体調不良を訴えるが、それは老いの症状で治療の方法はない。母をベットに寝かせ、私は急いで銀行へ出かけた。

途中、赤羽台団地の本屋さんに寄った。
女主人の実家は文京区の白山にある。白山の浄心寺に学術誌の装丁で関わっている生命倫理学会事務局がある。彼女にお寺の事を聞くと、知っているどころではない、浄心寺は菩提寺で母親の墓があると言う。来週、事務局へ行くと話すと、住職に会ったらよろしくと言っていた。
生命倫理学会とは医学者、社会学者、医療関係者の研究学会で、終末医療などの生命に関する問題全般を研究している。以前は上智大校内に事務局があったが、浄心寺の好意で正門脇の虚空蔵菩薩を祭ったお堂に移った。

彼女とは35年近い付き合いである。始めは可愛い新妻だったが、最近は年相応にあちこち痛み、店は午後から開くことが増えた。赤羽台団地は大規模な建て替え中で騒々しい。長年見慣れた樹木が次々と切り倒され、風景はすっかり変わった。団地商店街一帯は建て替えまで間があるが、シャッターが閉まった店ばかりだ。彼女はどの店も後継者がいないと話していた。

私が団地近くに引っ越して来た頃は、団地の盆踊りには町内会が夜店を出して、浴衣がけの子供で溢れていた。母も若く元気で、毎週土曜に泊まりに来る孫達に会うのを楽しみにしていた。私はその姪達3姉妹を連れて、よく団地の公園で遊んだ。今その公園に人影はなく静まり返っている。団地の賑わいは10年前までは残っていたが、その後、潮が引くように若者たちが消え去った。今、老人世帯ばかりになった団地を見ると、喪失感を覚える。

お昼の銀行は空いていて、直ぐにお金を下ろせた。
買い物をして急いで帰ると、母は薬が効いたのか少し元気になっていた。

今は深夜1時半。先程まで、母の粗相の後始末に追われていた。明日は散歩に連れ出すので、少し元気になってくれるかもしれない。自然の癒しの力は素晴らしい。

|

« ようやく企画書を送信し、今は絵描きに戻っている。07年10月10日 | トップページ | 昭和38年の環状七号線の夢。 »