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2007年10月 1日 (月)

使いやすい手製ベットで母は助かっている。07年10月1日

日曜の午後、画材を買いに池袋へ出た。パルコの世界堂でボードと筆を、通りを隔てたビックパソコン館でハガキサイズの写真用紙を買った。ハガキサイズはこれから営業に使う。
最近、午後になると弱る母のことが気になるので、道草はせずに帰った。帰りの電車は満員で、タマネギの腐ったような人いきれがして、気分が悪くなった。最近の私は嗅覚まで田舎者になってしまい、人混みの雑多な臭気に耐えられない。

北赤羽で下車して新河岸川沿いの遊歩道に出ると、2時間程の外出なのに田舎の故郷へ帰ったようにホッとした。殊に昨日は、雨に洗われた冷たい大気が清々しかった。
帰宅してすぐに母の部屋へ行った。「そろそろ、起きなくてはね。」と母はベットから大儀そうに起き上がった。それから母は夕食まで隣室でテレビを見ながら過ごす。
母は腕の力が弱ったが、それでもまだ自力で起き上がれるから良い。それができなくなれば、私の外出はとても難しくなる。

母が介護保険を受けるようになった5年前、ケアマネージャーに電動で起き上がれる電動ベットを薦められた。私は母の身体能力が衰えるからと断った。当時は、必要なくても借りさせる時代で、それで電動ベットや電動車椅子を使うようになった老人が沢山いる。
今は介護保険が破綻し、去年あたりから介護認定とサービスが厳しくなり、電動ベットの貸し剥がしが始まった。もし、電動ベットを薦められるままに借りていたら、母は早く弱った上に、元のベットに戻されて辛い思いをするところだった。

母のベットは私の手作りである。材料は知人から貰った。昔、知人が違法建築で建設途中で放棄された家を買った。使える木材は新しく建てる家に使い、使えない木材は倉庫に山積みにされていた。私はその中からベット用の柱材を選び、6キロの道を肩にかついで持ち帰った。ベットの床に張る厚ベニヤも3キロ離れた材木店から担いで帰った。当時は遠くても、平気で重いものを担いで帰っていた。

手作りベットは使いやすい。手摺は母に合わせて何度となく付け替えた。時には夜中に母に呼ばれ、緊急に付け替えたこともあった。だから母には、この手製ベットは使いやすく、今も自分で起き上がり、夜は傍らのポータブルトイレで用を足すことができる。

始め、ベットの下に額を収納するために足を高く作った。しかし、母が上り下りが大変だと言うので、10センチ刻みで足を切り、今は始めより30センチは低くなった。もし、金属製ベットや合成合板製等の市販ベットなら、そのような改造は簡単にはできない。

ベットの木材をくれた知人はすでに亡くなった。合板を買いに通った材木屋は7年前に廃業して広い駐車場になった。
そのように様々な思いのこもった手製ベットは、母が逝っても捨てられないかもしれない。

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