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2007年10月 4日 (木)

近松門左衛門原作、昭和29年溝口健二監督「近松物語」映画考。07年10月4日

溝口健二監督「近松物語」昭和29年制作。
近松門左衛門「大経師昔暦」を川口松太郎が戯曲化した「おさん茂兵衛」の映画化作品。

おさん--22歳の香川京子は清楚で目を見張る美しさ。
茂兵衛--長谷川一夫、40歳半ばの完成された見事な演技。
下女お玉--21歳の今は亡き南田洋子が実に初々しい。

腕の良い経師職人・茂兵衛を下女お玉は慕っている。
しかし、茂兵衛は主人の内儀おさんに密かに想いを寄せていた。

一方、おさんは傾き始めた実家から度々お金を無心されて困り果てていた。
おさんは夫の以春に頭を下げる。
しかし、ケチな以春は冷たく拒否するばかり。

それを知った茂兵衛は、密かに主人以春の印判を使ってお金を用立てようとする。
それを腹黒い番頭に見咎められてしまう。
主人の印判を不正に使うのは大重罪。
茂兵衛は厳しい処罰を待つ間、倉に閉じ込められるが、密かに脱出。
おさんのために金の工面へ夜の町へ。

一方、おさんは下女お玉にも手を出そうとする不節操な以春に愛想を尽かす。
おさん、家を出て実家へ夜道を急ぐ。
その時、偶然に夜道で出会う二人。
それからは運命に翻弄されるように、二人の道行きが始まる。

--この道行きの近松の設定にはストーリーテラーとしての非凡さを感じる。


二人は以春のよこした役人の追っ手に追いつめられるが、小舟で琵琶湖へ逃れる。しかし、逃げるすべはなく、二人は入水しようとする。

その時、茂兵衛は死ぬ前にこれだけはと、おさんを想っていたことを告白。
感極まるおさん。
おさんも密かに茂兵衛を慕っていた。
「それを聞いた以上、死にたくない」
おさんは小舟の上で茂兵衛にすがりつく。
そして、二人は始めて結ばれる。


山中の茶屋にて、茂兵衛はおさんに罪を被せまいと、一人密かに離脱して自首を決意する。それに気づいたおさんは斜面を転がるように追う。

追ってきたおさんに気づき茂兵衛は隠れたが、耐えきれずにおさんの前へ。
茂兵衛、おさんをしっかりと抱き止める。

「あなたは奉公人ではない。すでにかけがえのない私の夫」
おさん、すがりつく。
茂兵衛、おさんとは絶対に離れられないと思い知る。


おさんは、大経師以春の追っ手に捕まり連れ戻される。
実家に軟禁されたおさんを追って来た茂兵衛。
夜、おさんは裏木戸の影に茂兵衛の姿を認め、狂ったように駆け寄る。
人目をはばかることなく抱き合う二人。
茂兵衛を見つめるおさんの視線は切ないほどに熱く、美しい。


やがて、不義密通の罪で捕らえられた二人は背中合わせに縛られ、裸馬に乗せられ白昼の京の町を引き回される。おさんと茂兵衛はしっかりと手を握り合い、微笑みをたたえながら刑場へ向かう。


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画像の香川恭子の後ろは南田洋子。二人とも実に可愛い。

これは法に追いつめられ、激しく燃え上がった恋物語である。
二人は心中を選ばず、敢然と法に立ち向かって処刑された。
そこに近松の近代性を感じる。
映画では、原作を更に現代風に解釈し、おさんは自分をはっきりと主張する凛とした女に描かれていた。

最後の引き回しのシーンに、私はかってのヒットドラマ「高校教師」の最終回をだぶらせていた。

・・・早春の日本海を行くローカル線の車中の二人。それは真田広之の生物教師羽村と桜井幸子の女子高生二宮繭の禁断の恋の絶望的な道行。コトンコトンとレールの音。二人の指を繋ぐ赤い糸。眠ったように微かに崩れ落ちる二人。二人の死を暗示しながらドラマはフェードアウト・・・

「高校教師」の脚本野島伸司は「近松物語」を見ているはずだ。そう思う程に二つの恋は似ていた。繭が羽村先生を見上げる切ない視線や言葉。それはおさんとのそれとの驚く程に似ていた。激しく愛し合う二人を描けば、時代を超えて似てしまうのだろう。

「近松物語」は若い頃に2度見た。その時は、茂兵衛はもっと上手く立ち回れば良いのにと、少し馬鹿にした。しかし、今見ると共感を覚える。19歳のおさんは、平均寿命が50歳を切っていた江戸時代では後のない恋だった。だからこそ、不義密通の連帯責任で一族を路頭に迷わせる程の重罪を忘れて、激しい恋に走ったのだろう。

原作「大経師昔暦」は、近松が京都四条の上方芝居の名優坂田藤十郎のために書いた。それは実際に京都で起きた大経師以春の内儀おさんと手代の茂兵衛の姦通事件を題材にしている。

「大経師昔暦」は菊池寛の「藤十郎の恋」の下敷きにもなっている。経師とは書画を額や掛け軸に表装したり修理する仕事。その頂点にいるのが大経師で、朝廷から暦の発行を独占的に任され多大な利益を得ていた。物語の大経師の以春は商才にも優れ、金貸しの他に京都近隣に広大な田畑を所持して巨万の富を築いていた。

姦通事件を起こしたおさんと茂兵衛と、下女お玉の三人が処刑されたのは1683年9月22日。しかし、川口松太郎の「おさん茂兵衛」の脚本では下女お玉は途中暇を取らされて刑死はしない設定。

処刑された時、おさんは十九歳。裕福な商家に育った美しい少女だったが、傾き始めた実家の為に30歳年上の大経師以春の後添えに入っていた。だから、不義密通と言うより、始めて恋に目覚めた少女と若い美男手代との純で激しい恋と言ったが良い。

実際の姦通事件当時、近松は浄瑠璃作者としてデビューしたばかりの30歳。事件は作家として魂を揺り動かす題材だったがすぐには戯曲化しなかった。「大経師昔暦」を完成させたのは事件から30年以上経た1715年。その年はおさん茂兵衛の三十三回忌であった。

溝口健二監督は黒澤明、小津 安二郎と並ぶ国際的な映画監督である。前年制作した京まち子主演「雨月物語」同様、「近松物語」の映像美も素晴らしい。衣装、髪型、セット、どれを取っても浮世絵から抜け出たような優美さだ。映画全盛の昭和29年だから完成できた作品で、今では不可能だ。


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