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2007年11月28日 (水)

孤独死を恐れる事はない。07年11月28日

深夜に再放送していたNHKドキュメント、にっぽんの現場「“天国への引っ越し”手伝います」の録画を見た。今、年間3万人の孤独死があり、その後始末を請け負う遺品整理会社の活動を追ったものだ。孤独死と言っても、まったく近親者のいない方は少なく、遺品整理は遺族の依頼によるものが大半だ。
昔は、茶碗、火鉢、布団、古着、古靴に至るまで、中古品に価値があり、遺品の片付けに困ることはなかった。むしろ、通夜の席が遺族同士の遺品分捕り合戦で修羅場に化したくらいだ。それが今は、まだ使えるテレビ冷蔵庫でもゴミとしか扱われない。それで、そのような仕事が生まれたのだろう。

それにしても重い番組だ。取り上げていた一人、63歳独身男性は心不全で孤独死し、発見されたのは50日後だった。故人は海外勤務が長い上、国内勤務に戻ってからは認知症の両親の介護に追われ妻子を持つ機会を逸した。両親を看取った後、定年を迎え、ようやく自由を手にした矢先の急死だった。

画面では整理会社社員たちが遺品を片付け床の清掃をしていた。その家に70歳程の実姉が様子を見に来た。家は両親との同居の為に弟が建てたものだ。受け継ぐ妻子のいない彼の家は、多分、彼女が相続するのだろう。
カメラへ向かって姉は「親なんか放っておいて、さっさと結婚してしまえば良かったのよ。」と平然と言い放った。その時カメラは喋り続ける彼女の足元へパーンし、畳に土足の真新しい黒短靴を写した。人の死んだ家の畳が気持ち悪くて土足のまま上がったのだろう。しかし、少々足が汚れても弟と両親の痕跡の残る家には靴を脱いで上がるのが礼儀だと思うが、それ程の愛情はなかったようだ。そのような寂しい姉弟関係の中で、両親の介護を続けた故人の心情が垣間見えて辛かった。

だからと言って、私は孤独死を恐れていない。
人は誰でも一人で死ぬ。私は祖母、父の死を看取った。祖母は私が一瞬寝入った明け方に死に、父は夕暮れに私たちに囲まれて死んだ。二人の死には差があるように見えるが、本人にとっては大差ない。誰でも死ぬ時は家族の手が遠く及ばない所にいる。

そのように、万人総てが一人で死ぬ。たとえ心中であっても、死の瞬間は苦しみを一人で耐えなければならない。孤独死の問題は死の瞬間以後ではなく、それへ至る過程にある。社会と隔絶し、孤独、貧困、病苦に耐える長い年月にある。
だが、その解決は容易だ。社会保障の分野は公に頼る他ないが、問題の7,8割は人と人との助け合いで解決出来る。だから若い内から、良い人間関係を構築することが肝要だ。

参考に、最近出た統計。
一人者女性は男性より強いとされているが、高齢自殺では女性が多い。これは老いの惨めさを開き直って受け入れるか、受け入れられないかの男女差かもしれない。

関連書き込み
孤独死における男女差。08年7月31日

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