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2007年11月29日 (木)

人生を合理的に再構築してくれることが日記の効用。07年11月29日

時折、同じ時期を過去に遡って日記を読む。
去年の今頃は、"母が胃潰瘍からの出血から生還して、体力の回復を図っているが芳しくない。冬の散歩が出来るのは今年限りだろう。"と書いている。その予想は外れ、今年の冬も母は何とか散歩を続けられた。2005年、04年は母の体調は良く、字面からのんびりした雰囲気が漂う。2003年は肝臓ガン手術寸前で、駒込病院に入院中の母のことなど、暗鬱な気分が伝わる。2002年は、母が腰椎の圧迫骨折で車椅子生活になり、いよいよ寝たっきり間近かと不安な覚悟を感じる。

この日記は母の体調の変化を確かめるためと、自分の悩みや考えを整理するために書く。若い頃の日記では年々良くなって行く自分を読み取れるが、私も母も老いて来た最近は、行間に無常観を感じる。時間は不思議なものだ。膨大な過去は一瞬の時間に凝縮されているのに、未来は不確かで遥かに遠い。

30年以上前、壮年の知人を毎週のように築地のがんセンターへ見舞っていた。その病室は手遅れのガン患者だけを集めた大部屋で、月に一人くらいのペースで容態が急変し個室へ移動する患者がいた。末期がん患者にとっての1年先は夢の世界で、皆、深夜のベットで、後に残す家族の行く末を案じて辛い思いをしていた。その知人も退院して間もなくガンが悪化し、応急措置で入院した川口の病院でそのまま亡くなった。彼らと比べると、私の未来はほんの少し確かなものかもしれない。

夕刊一面で「守屋前防衛次官逮捕」を報じていた。守屋夫妻は今頃、検察庁の独房で1年前の栄光の日々を夢のように思い返しているだろう。時間は人をジェットコースターのように翻弄する。どんな権力者でも、絶対に壊れない支えなど何処にもない。もし、あるとすれば、自分を信じる気持ちだけだ。とすると、正義のかけらもない守屋夫妻の人生は不安に満ちたものになるだろう。

今、絶え間なく働いている。依頼があった仕事ではなく、ただ作品を作り貯めているだけだが、努力を続ければ突然に朗報に恵まれたりする。そのように考えられるのも日記の効用だ。人生は決められたものではなく、その気になればいつでも再構築できる。

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