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2007年12月10日 (月)

日なたボッコのデジャブ感。07年12月10日

自然公園では、葉が落ちたヌルデの枝に焦げ茶色の実の房が沢山下がっている。
その房が昨日の風で沢山落ちていた。実の粒は4ミリ程で、球を扁平に潰した形。口に含むと酸味のある塩味がする。塩味の元はリンゴ酸カルシウムで、ミネラル補給に野鳥が好んで食べる。実を煎じれば咳や下痢の薬にもなり、昔、塩が貴重だった山国では塩味の代わりに使ったらしい。実からは和鑞が採れる。実を数粒、軽くつまむと鑞分が滲み、指先がヌルヌルした。自然公園は毎日通っていても新しい発見があり飽きない。公園は大都会東京に開いた異次元への入り口に思える。ヌルデの実を口に含むと山国の生活が、古民家に入ると昔の生活が彷彿する。

母がトイレを使っている間、日当りの良い管理棟の壁に寄りかかって、葉の落ちたコナラの影を眺めていた。静かである。小鳥の声と、遠くを歩く老人達の足音が聞こえるだけだ。このような光景は何度も眺めた記憶がある。50数年昔の小学校の校庭、鎌倉の古刹の境内、旅先で列車待ちをしていた駅前広場、次々と昔の光景が蘇った。このデジャブ感は安らかで心地良い。

帰りがけ、自然公園の入り口に小型犬のクーちゃんがいた。クーちゃんは私たちを無視して、公園へ向かう女性グループに尻尾をちぎれるように振っていた。そして、飼い主の手を振りほどくと、一番若い女性に嬉しそうにピョンピョンと飛びかかって行った。「やっぱり、若い子がいいのね。」と、母は笑った。飼い主の話ではクーちゃんは無類の女好きらしい。

公園から赤羽駅へ出て、ダイエーまで足を伸ばし、お歳暮を頼んだ。今まで、できるかぎり虚礼は減らして来たが、どうしてもやめられない相手が五軒残った。頼んで支払いを済ますと、いつも安堵する。代わりに、正月準備は簡素に済ませようと思っている。

午後、ニュースで船場吉兆の二代目が産地偽装のお詫びを繰り返していた。創業者の湯木氏は、30年近く前、私が入っていた食味会の同じメンバーで、何度か料亭で一緒に食事をした。彼は品の良い料理人との印象だったが、僅か30年で子孫が全国に展開し、今は不祥事を起こして凋落の淵にいる。その時の流れを目の当たりにすると、栄枯盛衰の虚しさが胸に迫る。

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