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2007年12月16日 (日)

人から多く受け取るより、多く与える方が楽。07年12月16日。

寒風に大気が洗われ、真っ白な富士から奥日光までくっきりと見渡せた。緑道公園の木々はすっかり葉を落とし、青空に広がる梢を見上げていると郊外の武蔵野にいるように錯覚する。風は冷たくても日射しは強く、自然公園は人出は多かった。古民家の障子は張り替えられて清々しい。クリスマスが過ぎれば、門松が立てられ、お供えが飾られる。歳を重ねるとともに、伝統行事が心に染み入るようになった。

母は日溜まりの草地を眺めながら、「春のツクシが待ち遠しい。」と言った。今年の春は毎日のように土筆を摘んだ。頭が開いていない若い土筆を選び、甘辛く味付けして素早く卵にとじる。ほのかな苦みが心地良く、毎日でも食べ飽きなかった。母が今の体調を保ってくれるなら、来春の土筆摘みもできそうだ。

相変わらず、夜になると母の咳はひどくなる。病院の薬は殆ど効かないので、カリン酒を水で薄めて飲ませている。カリン酒は3年前に漬けた大瓶2本を残すだけだ。あと1本、漬けようかと迷っていたら、カリンの季節は過ぎてしまった。

最近、人付き合いがとても疲れる。若い頃は後先考えずに気楽に人付き合いしていたが、歳とともに気楽さがなくなった。このままでは、孤独な老後になってしまう。昔、老人は世間から尊敬されて孤独ではなかった。しかし、今のように年寄が多くては、敬意を求めても無理なことだ。これからは、老人と社会の新しい関わり方を考える必要がある。若者と老人の交流と言った安易なものでなく、価値観の相克を伴う緊張感のある関わり方が良い。

人付き合いは、人と人とが何かをやり取りすることだ。やり取りを自分一人でしているなら、何も問題は起きないが、他人と関われば必ず厭なことがおきる。与えたより受け取りが少ないとか、気前が良いとかケチだとか、人付き合いは変で可笑しなものだ。だから、私は多めに与えるように心がけている。しかし、本当に多く与えているかどうか、思い違いかもしれない。

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