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2007年12月26日 (水)

姓名判断の功罪。07年12月26日

5年近いアメリカ生活から帰国した知人に電話した。知人にはアメリカ生活の間に二人の子供が生まれている。子供たちの名前のことから、知人が姓名判断で良い画数を付けるのに工夫した話になった。アメリカに住んでいても、東洋の風習を引きずっていることが、私は可笑しかった。

私も昔から姓名判断に凝っていた。
35年以上昔、東洋学を極めた野末陳平の姓名判断本がヒットした。私も買い求め、ボロボロになるまで読み返し、実証してみようと、新聞記事に登場する事故者名を片っ端から分析した。たとえば走行中の車に落石が当たって亡くなった人とか、狩猟期間中、流れ弾に当たって亡くなった通りがかりの人とか、不運な人を調べてみたが、その殆どが悪運が絶対に寄り付かない良い画数だったりした。他にも無数の不運な人の名を調べたが、悪い画数の人は殆どいなかった。

そんなことを2年ほど続けているうちに、姓名判断は神社へ詣って幸せを願ったり、幸運のお守りを求めるのと同じだと考えるようになった。もし、子供が良い画数の名を貰ったら、悪いことがあっても、明日を信じ希望を持つことができる。それが姓名判断の正しい使い方なのだろう。ちなみに私の画数は、順風満帆大器晩成になっている。しかし、順風満帆の部分はまったく外れている。

寒くなってから、トイレの温熱便座が心地良い。母も気持ちが良いと、いつもより長く腰かけている。暖房は良くきいた住まいだが、便座の暖かさは別格だ。これは電車座席の温熱の心地良さに似ている。座っていると、厳冬の頃、深夜まで飲んでの帰り、電車座席の暖かさに眠り込んだことを思い出す。殊に、京浜東北線赤羽行き最終の横浜石川町発が良かった。中華街界隈で飲んでの帰り、最終電車はいつも空いていて楽に座ることができた。横浜を過ぎる辺りで眠り込み、夢うつつに都内駅での乗降客を感じながら、安心して眠り続けると、終着駅の赤羽で確実に下車することができた。今の介護生活から見ると、あの頃は夢のように自由な毎日だった。

寒くなってから、布団をヘアドライヤーで温めてから就寝する。冷え性ではないが、布団を温めるのは昔からの睡眠儀式である。昔、四畳半アパート暮らしの頃、敷き布団の上に電気ごたつを置き掛け布団で覆って温まった。冬の夜、冷えきった部屋へ帰ると真っ先に炬燵をセットし、深々と潜り込んでテレビを見るのが最高に幸せだった。今も、その感覚を引きずっているようだ。

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