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2008年1月 2日 (水)

07年大晦日から08年へ、穏やかな正月。08年1月2日

1月2日
今日も、玄関を開けると雲一つない清澄な青空が広がり、純白の富士が見えた。これほどに穏やかな正月は記憶にない。年末年始の疲労もようやく取れ、爽やかな気分で母を車椅子散歩へ連れ出した。

最近、人生の目標を考えることが多い。以前、目標や価値を問われれば、画家としての成功とか、生活の安泰とか、即座に答えることができた。しかし今は、即座に答えられない。何故なら、目標はただの通過点に過ぎず、結局は何も分からないまま最期を迎えそうな気がする。今、漠然と思うのは、人生の目標や価値はささやかなものにあるような気がしてならない。今日のような爽やかな空を見上げ、鳥のさえずりや風の音に耳を傾け、ぼんやりと冬木立を見渡す。ただそれだけで静かな穏やかさが心に満ちて来る。今は、これ以上の幸せはない気がする。
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大晦日へ戻って。
午後3時半、湯島天神の大祓へ出かけた。母用の早めの軽い夕食を用意して出たが、最近母は誤嚥が多いので上野に着くまで気がかりだった。京浜東北線の車中に、帰省する若者の姿を散見する。少しお洒落して、故郷へ帰る晴れ舞台に上気した表情は昔の若者と変わらない。
4時5分に上野へ着きすぐに母に電話をした。少し間延びした返事が返り、無事に夕食を終えていて安堵した。汚れた食器を自分で片付けないように言って、電話を切った。

大晦日の上野公園は中国人が多い。不忍池の弁財天へ抜けると、参道で露店商が正月準備をしていた。その様子を近くのホームレスたちの飼いネコ達が物珍しそうに見物していた。どの子もコロコロ太って、人懐っこくて可愛い。

弁財天のお詣りの後、池中の遊歩道を湯島方面へ向かった。美しい夕空である。冷たい風の中、沢山の鴨たちがヨチヨチ歩いて通行人に餌をねだっている。先日、不忍池の鴨は太り過ぎだと報じていたがその通りで、直ぐ傍まで近づいても動くのが億劫な様子だった。

湯島天神の大祓式は5時開始。それまで、前振りの若い宮司が親中国の福田総理批判と靖国礼賛を延々とやっていた。厳粛な神事に政治は似合わない。不愉快なので、大祓式が始まるまで式場から離れて待った。式典は30分程で終わった。お清めのお神酒を頂き、リンゴミカンのお下がりを貰って帰路に着いた。
途中、不忍通りの漆のうさぎやに寄り、母用に滑り止め付きの軽い塗り箸を買った。使いやすい箸で食事をすれば気持ちにゆとりができて、少しは誤嚥が減ると考えてのことだ。
その後、御徒町駅前の吉池に寄った。店内はおせちを求める客で大混雑である。鮎のワタの塩辛のニガウルカ、シオマネキの塩辛のガニ漬け、イワシの塩辛のエタリ、を買った。7時に帰宅し、直ぐに年越しソバを作り、母と食べた。それから除夜の鐘まで大掃除をし、午前2時にシャワーを浴びて旧年の汚れを落として就寝した。

元旦。
5時半に起床して7時前に近所の御諏訪神社へ初詣に出かけた。玄関を開くと、初日の出に赤く照らされた富士が見えた。寒くて、歩いている人は殆どいない。神社の境内一面に銀色の霜柱が立つている。先客は2組だけで例年より少ない。

急いで帰宅して、おせちと雑煮を用意して母と食べた。年末からの疲れが溜まりひどく眠い。食後、ちょっと横になると寝入ってしまい目覚めたのは9時過ぎ。午前10時、母を車椅子散歩へ連れ出した。郵便受けを覗くと50枚程年賀状が届いていた。日溜まりで母の分と選り分けながら、ざっと目を通した。出していない相手は3枚。迷った末、後出しで出すことにした。

更に疲れが溜まり、12前に寝た。初夢は延々と見ていたが、目覚めると総て忘れていた。
今受けている本の仕事はラストチャンスになるかもしれない。迷わず考えず、全力疾走するのみ。

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