一人暮らしの老人は散髪して再入院の準備をした。08年1月10日
午前中、母の散歩を休んで床屋さんへ行くと前客がいた。店内の有線放送では、台湾紀行のエッセイを朗読している。簡潔でとても良い文体である。途中から聞いたので、台湾の何処かは分からないが、
・・・雨宿り先を探していると、林田と書かれた看板の桶屋が見えた。店では老職人が見事な仕上がりの日本の桶と檜風呂を売っている。「日本人みたいなお名前ですね。」筆者は不思議に思って話しかけた。「正真正銘の日本人ですから。」流暢な日本語が返った。林田さんは戦後も台湾に留まり、先代の桶屋を守って日本式の桶と風呂桶を作り続けている。「日本式の風呂桶が売れるのですか。」筆者が問うと、「こちらでも古い人は、この方が良いみたいです。古い人たちとは、会話も日本語ですよ。」老職人は嬉しそうに答えた。・・・
台湾統治とはそのように融和した面もあったのかと、私は少し安らいだ。朗読が終わる頃に私の番が来た。
世間話をしながら頭をあたって貰っていると、70代半ばの老人がドアを開けた。
「あと、40分くらいかかりますが、お待ちになりますか。」
馴染みの客らしく、主人は申し訳なさそうに言った。
「それなら、用事を片付けてその頃出直すよ。」と老人は帰りかけて、「いやになったよ。大腸から肝臓に転移で、明日から入院だ。」と付け加えた。笑顔を作ろうとするが辛そうにゆがむ。老人は足取り重く外へ消えた。
「気の毒に、奥さんも大腸がんで亡くなられているんですよ。」
主人は老人の身の上を話した。老人は14年前に奥さんを同じ病で亡くし、以来一人暮らしである。大腸がんは食生活が影響する。もしかすると、夫婦とも野菜の少ない肉と動物性脂肪中心の食事を続けたのかもしれない。明日、一人で病院へ向かう老人の心境を思うと、自分にもそのような日が来るようで辛くなった。
散髪は12時過ぎに終わった。赤羽駅前でお昼の買い物をし急いで帰宅した。
昼食の後、母は眠いとソロソロとベットへ向かった。しばらくして様子を見に行くと、テレビも点けず死んだように横になっている。
「大丈夫なの。」母に声をかけると「大丈夫。」と、消え入りそうな声が返った。
ふいに、昔読んだ山梨の長寿村のことを思い出した。その村は高齢になっても老人は野良に出て働き、ある日、「眠い。」と言って木陰に休み、そのまま亡くなる。同じように母も逝ってしまうのでは、と不安が過った。しかし、30分後に行くと、母はテレビを点け、バンパイヤーの殺戮シーンに楽しそうに見入っていた。どうやら、散歩無しで軽い鬱が始まっていたのが、治ったようだ。明日は外へ連れ出すので更に元気になるだろう。床屋さんへ来た老人とは対照的に、母は穏やかな老後である。
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