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2008年1月 8日 (火)

男女の仕事分けが老親の不幸を招く。08年1月8日

朝、「今日は何日だったかしら。」と母が聞いた。日めくりを指差し、8日と言いかけて止めた。日めくりは9日になっている。訳を聞くと、夜中に目覚めた時、夜が明けたと勘違いして1枚めくり、更に今朝、1枚めくり、日にちが分からなくなったようだ。
朝食後、念のため「今日は何日。」と聞くと「8日でしょ。」と母は正解した。しかし、日にちを間違えるくらいの惚けは大目に見ている。頭がはっきりしたまま老いて、死の影に怯える不幸より、ずっとましだからである。

昨日、年賀状の後出しが10枚程届いた。今年から、後出しの年賀状には印を付け、来年、出す出さないを再考することにした。それを毎年続ければ、儀礼的な年賀状はかなり減るかもしれない。出すのも貰うのも楽しい年賀状もあれば、総てプリントの温もりのない年賀状もある。後者は何とかして一掃したい。

今朝、散歩へ出かける前に屠蘇を飲み干し、屠蘇セットを水洗いして陰干しした。
昼食後、乾いた屠蘇セットは箱に納め戸袋へしまった。これで、街からも我が家からも正月の雰囲気は総て消えた。ふいに、来年の正月は母はどうしているだろう、と思った。しかし、先のことはその時考えれば良いと思い直した。母が今健在でいる以上、良かったと感謝しながら生活するのが正しい。

屠蘇セットをしまった後、新調した母のネルの寝間着を作り替えた。紐の位置を変え、裾の角を内側へ折り込むのが母の要望である。母は前屈みの姿勢なので、裾の角が床に触れそうになる。「そう言えば、ばあちゃんも、寝間着の角が床に触れそうだったね。」と言うと「可哀想に、直してあげれば良かった。」と、母は寂しそうな顔をした。

漁師町に育った所為か、裁縫は小さい頃から得意である。漁師の子供は、網を繕ったり、疑似餌を作ったりするので、糸や紐を扱うのが上手だ。我が家は都会からの流れ者で漁師ではないが、私はそのような雰囲気に自然に染まった。
ネルの寝間着は濃紺なので黒のボタン付け糸を使ってかがった。「マーには何でも、好きなようにさせておいたから、こんな時に助かるね。」と母が言った。母は今でも私をマーと呼んでいる。

一般家庭で男女の仕事が分けられたのは明治以降のことだ。一人前に成長していない息子が介護をすることで起こす老親へのパラサイト虐待が社会問題になっている。その根を断つには、男女の区別なく子供に生活の基本を教えるべきだが、若い親の多くはその重要性を認識していない。

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