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2008年1月16日 (水)

63歳の誕生日に、四葉のクローバーを2本見つけた。08年1月16日

niftyから、祝誕生日のメッセージが届いた。
今年の言葉は、「香水みたいに思い出を瓶に詰めたいわ。ふたを開けるたび、ステキな思い出がそっくり現われるの。」アルフレッド・ヒッチコック監督、1940年アカデミー賞「レベッカ」の台詞、からだった。同じ現実を行く二人がいたとすれば、思い出の豊かな方が素晴らしい毎日を生きている。だから私も、毎日、一生懸命に思い出作りに励んでいる。

今朝は早起きして、慌ただしく母と朝食を済ませ、病院へ行く準備をした。今日は母の眼科の定期診察日。最近、隣町の東十条病院の廃院に伴い、そちらの患者が東京北社会保険病院へ押し寄せて混み合う。待ち時間が長くなると母は疲れるので、出る前に強壮ドリンクを飲ませた。

このところの寒さの所為か、意外に病院は空いていた。到着するとすぐに診察を受けられ、小一時間で病院を出られた。駅前へ買い物と銀行へ行くので、冬日射しの中、のんびりと病院の庭を横切り、下の公園への桟道を下った。公園の歩道脇の斜面はクローバーで覆われている。ぼんやり眺めながら車椅子を進めていると、まるで取ってくれと言わんばかりに四葉のクローバーが目に入った。この公園で四葉を見つけるのは始めてだ。しかも誕生日で、63歳の今年は良いことが起きそうだと母と喜んだ。

駅前への途中、今戸屋さんのコーギーのコーちゃんに会ったので、少し遊んだ。嬉しそうに短い足で立って戯れるのがとても可愛い。
ビバホームで台所用品を買い、駅近くの区役所出張所の暖かい待合室に母の車椅子を置いて、私一人で三菱銀行へ行った。12月に1月分まで生活費を用意しておいたが、年末年始に予想以上に出費して、手持ちは2千円に満たない。
銀行窓口は空いていて待ち時間はない。2月分までの生活費を下ろしたが、次も予定通りはいかずに2月半ばで生活費は払底しそうだ。早く、ゆとりのあるお金を用意出来る生活がしたい。

帰りはミッション系の女子校星美学園のある師団坂を登った。
「私の母校の前にて、って葉書にコメントを付けようか。」学園の校門辺りで軽口を言いながら母の写真を撮っていると守衛がやってきた。「何か、取材ですか。」と聞くので「兄へ出すハガキに入れる写真を撮っています。」と答えた。車椅子の母の写真撮りが取材には見えるはずがない。以前は鷹揚だったが、部外者に気をつけるように内部通達があったのだろう。

星美学園から再度東京北社会保険病院へ入り、庭から桟道を下って公園に出た。
「さっきは運が良かったね。」と、四葉クローバーのことを話しながらふと横を見ると、再び、スーッと伸びた四葉が目に入った。さっきと違う株で、本当に嬉しい。摘んで来た2本は、電話帳に挟み押し葉にしてある。我が家の電話帳は押し葉専用になってしまい、本来の用途にまったく使われない。
お昼は赤飯だった。誕生日だからではなく、いつもの雑穀米が朝食で切れたので、買い置きのレトルト赤飯を温めただけだ。偶然にもそれが私のお祝いになった。目出たい。

Ma_3

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