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2008年2月16日 (土)

初物の土筆を見つけた公園で、カクイ綿のホーロー引き看板が蘇った。08年2月16日

ようやく、今書いている本に没入している。業界では、男性用実用書は売れない、が定説で、それを覆して売るには工夫が必要だ。長くその工夫に迷っていたが、今は光が見える。絵本でも、本業の絵でも、取りかかりは難しい。アイデアは次々と浮かぶが、どれを選ぶか迷う。締め切りを優先して、迷いながら進むと失敗する。ギリギリまで粘り、確信を持ったら一直線に走るのが成功のコツだ。

午後、母の雨具を改良していた。車椅子専用の雨具はあるが、完全を狙い過ぎて大仰で使い辛い。私は登山用ポンチョを転用している。これは軽い上、自然公園に着いてから歩かせる時、そのままカッパ代わりになる。
車椅子での使い心地を試すため外に出た。午前中の澄み切った青空は消えて、秩父連山に雪雲がかかり、底冷えのする寒風が吹きつけた。車椅子に座り雨具を被ってみたが、これで良いのかよく分からない。明日朝、母で試すことにする。

午前中は、暖かい日射しだった。自然公園の空を掃く木々の梢は一段と春色を増した。しばらく寒い日は続くが、春は間違いなく近い。昨日は、暖かい斜面で土筆を2本見つけた。このところの寒気に少し痛めつけられていたが、食べるのに問題はない。帰宅して卵とじにし、母と1本ずつ食べた。仄かな苦みが美味しく、いち早く春を味わえた。今日も遊歩道から斜面を眺めたがなかった。この寒気団が去るまで、土筆は土の中でじっとしているのだろう。

自然公園では、古民家の後、遊歩道の静かな日溜まりで休む。そこは枯れススキや灌木が風よけになって、とても暖かい。地面に空のリュックを尻敷き代わりに置いて、居眠りが出そうな母の傍らにどっかと腰を下ろす。私は風の音を聞きながら、木立の間の炊事棟の屋根を眺める。黒々とした木組みとは対照的に、屋根は日射しに白く光っている。この一角は、時間空間に開いた穴のように、遠い過去が垣間見える。
光る屋根は、焼酎醸造所の酒蔵や昔風の倉庫の屋根を思い出させる。昔の地方の町では、倉庫が一番大きな建物で遠くから目立っていた。汽車の旅で町に近づくと、まず、木造や石作りの大きな倉庫が見えた。倉庫の壁には、必ずホーロー引きの看板が貼ってあった。今も、仁丹の髭の軍服姿の看板や、カクイ綿の看板が印象に残っている。ホーロー引き看板の殆どは戦前に貼られていたもので、今は骨董品として取引されている。
看板のカクイ綿は、創業1881年の鹿児島の製綿業の老舗である。製綿は衰退産業で、今は医療用の脱脂綿や化粧用の「コットン」向けに細々と営業を続けている、と調べた資料にあった。

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