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2008年2月18日 (月)

緑道公園の日溜まりでハーモニカの「仰げば尊し」を聞いた。08年2月18日

窓に貼ったプチプチの効果がほぼ分かった。厳冬期、散歩に出ている間以外はストーブを点けたままにしている。以前の厳冬期の電気代は18000円ほどだが、今年は15000円に押さえることができた。この分では、一シーズン1万程の節約になる。節約だけでなく、毎朝の結露拭きから解放されたのも有り難い。

今年の寒さは既に底を過ぎたと気象予報官が話していた。散歩道には、僅かに先日の雪が残っている。これが完全に消えれば、急速に春が近づくのだろう。
緑道公園の梅は7分咲きだ。昨日はメジロ数羽が梅の蜜を吸っていた。梅に鶯と言われているが、実際は鶯ではなくメジロだ。鶯色も実際はメジロ色で、鶯はやや緑かがった地味な茶色をしている。メジロは声も色も美しいのに、大雑把な名を付けられ随分損をしている。

緑道公園の暖かい日射しの中、車椅子を押しているとハーモニカの「仰げば尊し」が聞こえてきた。いつも会うおじいさんの演奏だ。彼はプロの奏者で、聞き惚れるほどの素晴らしい音だ。この曲はオルガンやハーモニカが良く似合う。

日南市大堂津での小学生の頃、卒業式が近づくとオルガンの伴奏で「仰げば尊し」を何度も歌わされた。ハーモニカの「仰げば尊し」を後ろに聞きながら、菜の花畑やレンゲ畑を思い出した。
自然豊かな土地で育ったので、美しい風景は当たり前に思っていたが、春の花の色は格別だった。家の前、道沿いの家並みの上に標高200メートル程の山があった。山の名前は知らない。大雑把な土地柄で、昔、頂上付近に飫肥藩の番屋あったので、皆、番屋と呼んでいた。と言っても番屋は僅かに石組みの跡が残っているだけだ。春になると私たちは番屋へ駆け上り、眼下の菜の花とレンゲに色分けされた畑から、キラキラ光る太平洋、沖合の七つバエから大島を眺めるのが楽しみだった。ハエとは岩礁のことである。
今はレンゲ畑も菜の花畑も殆どなくなったと聞く。菜の花は輸入品の菜種油に押されて消え、稲作の変化で、有機肥料目的のレンゲの種は撒かなくなった。

散歩帰りに駅前に出て銀行に寄った。月初めに用意した生活費が払底し始めたので少し下ろした。去年末から2ヶ月だけ生活の不安がなかったのに、再び、やり繰りの毎日だ。救いは仕事をしていることだ。今回の出版社は大手なので印税踏み倒しの心配はない。

帰路、ビバホームを抜けた。いつも覗いていたペットショップは間もなく撤退で、空のゲージが寂しい。先週までは、閉店セールで売れ残った子犬が数匹、しょんぼりしていた。

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