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2008年2月26日 (火)

郷里から甘鯛の白の大物3匹が届いた。08年2月26日

昨日、郷里の日南市大堂津から冷凍甘鯛が送って来た。
直ぐに、送ってくれた漁師の未亡人のMさんへ電話を入れた。貰った魚を「甘鯛を・・・」と言うと、「いや、あれはシロカワだ。」と訂正させられた。傍らでやり取りを聞いていた母が、シロカワは最高級の甘鯛で値段も別格だと説明した。甘鯛には白、赤、黄と3種あることは知っていたが、今まで食べていたのはシロカワばかりで、質の落ちる赤と黄は食べた事がない。「名を聞いて良かった。」とMさんに礼を言うと満足気だった。後で、郷里では甘鯛の白は甘鯛と呼ばないと母から聞いた。

送って来たシロカワは50センチ級の大物3匹だ。京都辺りでは甘鯛の白をグジと呼び、これくらいの大物になると1匹1万2,3千円はする。日南辺りはそれより安いが、それでも3匹で3万近くはしたはずだ。1匹を解凍してから2枚に下ろし、味噌漬けと西京漬にした。郷里日南近辺は魚が大変美味い所だが、県民こぞって宣伝ベタで東京で話題になることはない。最近、東国原知事のおかげで農産物の宣伝は行き届き始めたが、海産物の宣伝はまだまだである。

Mさんは80歳を過ぎているがとても元気だ。男の子は総て海関係の仕事に就き、今は豊かな老後を送っている。彼女の大堂津訛りの言葉を聞きながら、のんびりした郷里の気風を思い出した。しかし、漁師の境遇はとても厳しかった。小学生の頃、クラスメートの1割程は父親がいなかった。その殆どは戦死と海難事故である。母の知り合いのおばあさんは、どんなに寒い夜でも雨戸を閉めなかった。ずーっと昔、海難事故で亡くなった息子が海から帰って来るような気がして、戸締まりができなかったのである。

イージス艦と清徳丸の衝突事故ニュースでの、勝浦の関係者達の祈りの姿が胸を打った。
私の郷里でも、海難が起きると、海の見える山の斜面にある社で家族や関係者達が夜昼なく祈っている姿が見えた。そして、悲報がはっきりすると、日頃温和な人達が激しく悲しみをぶつけた。今思うと、悲しみを思いっきりぶつけることで、一刻も早く気持ちを切り替えて、日常生活へ戻ろうとしていたのだろう。

今日の昼食に味噌漬けのシロカワを焼いた。甘鯛は身が柔らかくて焼くのが難しい。しかし、ガスコンロのグリルの上火だけで焼くと、受け網に焼き付くことがなく、身を崩さずに焼き上げることができる。焼き上げたシロカワはその名の通り、ほの甘い上品な白身で最高の美味さだった。

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