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2008年2月 9日 (土)

45年前、厳冬期の霧島えびの高原。08年2月9日

天気予報の終わりに気象予報士が「・・・このところ雪癖が付いたようです。」と話していた。科学的な事象に癖があるとは面白い。

昼前には雪との予報だったので、急いで散歩に出たが少しぱらついた程度だった。寒く、霜柱が殆ど溶けていない。これで降れば積もるだろう。赤羽は起伏の多い土地で、今日のような寒い曇り空を背景に、冬枯れの木々のシルエットを見上げながら歩くのは楽しい。殊に今日は、寒さで散歩する人は少なく、静かで心地良かった。
「何か、聞こえるね。」
緑道公園を自然公園近くまで来た時、母が言った。その低く響く音は1キロほど離れた中山道の車の音で、気象条件によっては今日のように良く聞こえる。説明すると、「温泉の蒸気の音みたい。」と母は言った。確かに、よく聞いてみると似ている。

その後母は、厳冬期、宮崎と鹿児島の県境にある霧島のえびの高原へ行ったときの思い出を話し始めた。それは45年以上前の私が高校生の頃のことだ。私は冬休み、二日間電気器具店の倉庫整理のアルバイトをして2000円程お金が入った。今の貨幣価値で2万程だから、かなり割の良い仕事だ。嬉しくて、母に何か買ってやると言うと、温泉へ行きたいと言う。それで、手持ちの1000円を加え、二人3000円でえびの高原日帰りバスツアーに申し込んだ。

えびの高原には宮崎交通経営の温泉付きのレストハウスがあり、ツアーはそこでの休憩も含まれていた。早朝暗いうちに出発したバスは3時間弱で朝の光の差す高原に着いた。えびの高原は韓国岳(1700)山麓に広がるススキを主体とした草原でミヤマキリシマ躑躅の群落が有名だ。その高原性のススキが雨に濡れると赤く海老の尻尾のように見えるので、その名がついた。
高原の窪地には雪が残っていた。私は母にも歩ける平易な池巡りコースを選んだ。雪の残る山道を案内して九州唯一の天然スケード場のある白紫池まで行くと、母の皮靴に雪の湿気が染み、冷たいと言う。高原の一角には温泉が噴出している場所がある。そこへ連れて行くと母は、蒸気で温まった平らな石に足を乗せ、気持ち良いと喜んだ。母が思い出したのは、その時、高原に響いていた蒸気の音だった。

レストハウスに母を残して私は韓国岳に登り、午後まで冬山の50センチ程の積雪を楽しんだ。戻ると母は大浴場に何度も入り、のんびりしていた。午後4時前に帰りのバスが出て夕暮れに宮崎市へ戻った。当時、母は50歳になったばかりだから今の私より一回り以上若い。「あの頃は元気だったね。」と言うと、「えびの高原へ行っておいて良かった。」と母は楽しそうに答えた。

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