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2008年4月 5日 (土)

母の死の予感は三度目が最期。08年4月5日

4日
母の死を予感したことは今までに二度ある。最初は5年前の秋、肝臓ガンの手術の時だ。手術は成功したが退院後弱り、いよいよダメかと思った。
ガン発見に至る過程で、私の判断ミスがいくつかあり、そのまま死なせる訳にはいかなかった。医者でもない私にできることは少ない。せいぜい、毎日自然公園へ連れて行くくらいだ。だが自然の治癒効果は大きく、母は驚異的に回復した。

二度目は一昨年の秋だ。極度に食が細った母は水分摂取が足りず脱水症を起こしてしまった。その日の早朝、母の意識は混濁し血圧が極度に下がった。すぐに家庭医に連絡し、東京北社会保険病院へ紹介状をFAXしてもらって車椅子で運び込んだ。土曜だったが運良く内視鏡の担当医がいて、直ぐにファイバースコープを飲ませると大きな潰瘍があり出血していた。出血は止血剤を吹き付けて止まり、その後、5日入院、3ヶ月潰瘍治療薬服用でほぼ治った。

最近、三度目を予感している。母は食事の都度吐き気を訴えるので、吐き気止めのナウゼリンを欠かせなくなった。疲労も強く、自然公園では、肩で息をしながら休み休み歩く。無理はさせたくないが、楽をさせるとそのまま寝たっきりになってしまう。無理をするしないの判断はとても難しい。

自然公園の管理棟で母にトイレを使わせ、帰ろうとすると、ベンチで花見をしていた老人達が私たちを呼んだ。その中に顔見知りの老人がいて、母に一緒に飲もうと言う。それは丁重に断り、母に代わって私が缶ビールを飲んだ。母は「若い人たちに声をかけて貰えて嬉しいわ。」と冗談を言った。その笑顔に老人たちは元気だと誤解して、説明に再度困ってしまった。

帰宅して、母は昼食を殆ど摂れなかった。それでは栄養不足になるので、牛乳にオリーブ油を混ぜたものと野菜ジュースを飲ませた。これで、通常昼食の7割程のカロリーを満たす。幸いにも母は消化能力を保っているので、胃腸までに食物を送り込めれば栄養不足にはならない。

5日
少し、母は体力を回復した。自然公園での50メートル程の歩行は2度の休憩でこなした。薬屋に買い物があるので、公園は早めに切り上げ駅前に出た。途中、母が便意を訴えた。イトーヨーカ堂の車椅子用トイレへ連れて行ったが、ここはドア開閉も水流しも自動で、かえって使いづらい。いつも使う区役所の出張所は土曜休み。それでしかたなく使わせたが、案の定トラブルが続いた。まず、前の使用者が水を流してない。センサーが誤作動して、流せなかったのだろう。このトイレは、便座に体重をかけてから立ち上がると便器脇の光センサーが自動的に検知して流れるシステムだが、その反応に信頼性がない。

次のトラブルは母が用を足した後、開閉ボタンへ辿り着けずドアを開けられなくなった。このドアは利用中は外の押しボタンで開閉できない。だから、緊急時は係員を呼んで専用鍵を使って開ける。このトイレの発案者は身障者や老人たちのことをまったく知らないようだ。トイレの水を自動で流す方式は便利ではない。電動ドアより、手動のフック式鍵の方が、緊急時、付き添いが外から硬貨等を使ってすぐに開けられる。その辺りの、利用者に応じた切り替えを工夫していないのは問題だ。発案された当時は自走式車椅子が多く、今程、介護者付き車椅子老人の利用が増えるとは想定していなかったのだろう。

母は苦労して、室内の開閉ボタンまで辿り着き、開閉ボタンを押して事なきを得た。しかし、母は疲労困憊し、帰宅すると昼食も摂らず寝込んでしまった。

こんな時のために、生薬13種配合の強壮ドリンク剤の買い置きがある。母にドリンク剤を飲ませると2時間程で少し元気になり、その後の夕食は吐き気なく食べた。今夜、十分に休息すれば、明日は更に回復するだろう。しかし、いつまでもこの方法が通用するとは思えない。

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