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2008年4月 7日 (月)

大切なものを捨てる覚悟がないと、前に進めない。08年4月7日

6日
母は回復の兆しをみせたが、自然公園のいつものコース50メートル程を、肩で息をしながら休み休み歩いた。昨日より体力は更に落ちたようだ。
「明日から、少し短くしようか。」と言うと、「何とか今まで通り頑張ってみる。」と気力を見せる。だが母の体力は限界点にさしかかっている。今は崖の縁でかろうじて踏みとどまっているが、あと一歩進めば留まることなく落ちて行くだろう。

7日月曜
朝、母の様子を見に行くと、とても気分が良いと元気に笑った。今日は家庭医の生協浮間診療所へ連れて行くことを決めていたが、一瞬、先延ばしにしても良いかと思った。しかし、朝食を食べ終えると強い疲労を訴えた。それからは、テレビを消した部屋で死んだように横になったままだ。よほど具合が悪いのか、テレビ好きの母が点けてくれと言わない。これが重大な予兆なのか、一過性の症状なのか、不安が募る。

診療所の開く8時半を待って往診を頼んだ。再発し肥大し続ける肝臓ガンを治すことは無理でも、何とか身体を楽にしてやりたい。しかし、平均寿命を大きく上回る94歳はいつ逝っても仕方がない歳だ。これからは大切なものを次々と切り捨てる覚悟が必要だろう。現実を認め不必要に悩まず、粛々と仕事と生活を続けようと思っているが実行は難しい。

母の様子を見に行くと、ベランダの鳩の鳴き声が煩いと言う。見るとベランダのしきりをくぐって隣家へ逃げて行く土鳩の後ろ姿が見えた。いつもなら笑い話にする動物好きの母が、そんなことを言うのは珍しい。よほど気分が悪いのだろう。

仕事をする気にはなれず、静かな部屋で医師が着くのを待っている。何もしていないと様々なことが思い浮かぶ。いつもなら、自然公園で母を歩かせている時間だ。帰りに駅前で買い物をして緑道公園で休憩。そして桜並木を通って11時半に帰宅。何でもない普通のことが眩しく思い返される。とは言え、再び母を散歩に連れ出すことはできる。しかし、散歩と休む日が交互に入れ替わり、やがて失うことになるのだろう。
今、捨て去らねばならないのはそのような感傷かもしれない。冷静に前向きに、医師への対応を考えることにした。これまで母が生きながらえたのは、医師へ巧く対応して来たからだ。

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