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2008年6月17日 (火)

昼寝から目覚めた後に。08年6月17日

午前3時、母が起きた気配に目覚めた。様子を見に行くと母はポータブルトイレを使っていた。最近、母は用を足した後、ベットにきちんと上がれず、端に落ちそうな姿勢で寝ている。転落事故を起こさせたくないので、気がつく限り起きて、横になるのを手伝っている。
隣室で小用が終わるのを待ち、ソロソロとベットに就く母を手伝った。体重のある母を、ベットの中央に寝させるのは大変な作業だ。母の身体はあちこち痛んでいるので、力ずくで動かすのは危ない。今まで介護器具を含め、色々試したが良い方法はなく、今は、本人が少しずつ動いてくれるのを手伝うだけだ。

自室に戻り、二度寝をしようとしたが眠れない。生活の先行きのこと等、次々と脳裏を過って不安が募る。眠れないのは辛いので、母のレンドルミンを四分の一錠だけ飲んだ。薬はすぐに効いて、6時まで寝ていた。朝は眠いことを除けば、不安はなく気分は良い。悩みは多いが、まだ病的ではない。

今日も梅雨の中休みで、洗濯物が乾くので助かる。最近、母はトイレでの粗相が多く、寝間着やシーツの洗濯が増えた。専用シーツは防水加工がされ、汚れ落ちも良く、朝干せば、散歩から帰宅する頃には完全に乾いている。雨で乾かない時は、使い捨てのシーツを使う。この手の汚れ物は溜め込まず、直ちに洗うのが原則だ。

母の下の始末は大変だが、頭がしっかりしているのが救いだ。今日も洗濯や拭き掃除をしている私に「汚い始末をさせて、本当にすまないね。」と謝っていた。「気にしないで。」と答えるが、母が完全に気にしなくなっては拙い。ほんの少しすまない気持ち残させて、誇りを保たせることにしている。

母とは違い、脳梗塞で倒れた方には別の大変さがある。脳梗塞が会話の部位に起きた時、家族は会話が通じない喪失感を味わう。私も、祖母の晩年に会話が通じなくなって、とても寂しい思いがした。身体の弱りは回りで補えるが、会話の喪失を補うのは難しい。

散歩先の古民家でいつものように横になった。係の人達が立ち働く物音。母と係の人との会話。我が家に帰ったような安らぎがある。縁側から吹き抜ける風は少し冷たかったが、すぐに寝入った。少しして、誰かがバスタオルをかけてくれたような気配がして目覚めた。むろん、それは幻覚で傍には誰もいない。ふいに、子供の頃、昼寝をしていて、「風邪ひいちゃうよ。」と母に布団をかけてもらった感覚が蘇った。今は、母に何かしてもらうことはなにもない。しかし、その記憶があるから、母の世話ができるのかもしれない。

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