親が生きていて良いのは、昔話ができることだ。08年6月28日
食事の時、母は後ろから私に支えられて、ソロソロと歩いてテーブルに就く。
テーブルへ就くと、決まって母は「箸がない。」とか「ご飯がない。」とか文句を言う。私は揃えるのを忘れたのではなく、手順の都合で後から並べるつもりなので、先回りされて言われるといい気はしない。それでつい、「分かってる。」と言葉を荒げる。すると、母は「ただ、口にしただけなのに。」と不満気だ。
母は自分のことが出来なくなってから、「箸を、ご飯を、持って来なくては。」などと、心に思ったことをすぐに口に出すようになった。誰でも、老いて何も出来なくなった時、「箸」とか「ご飯」とか先回りして口に出して、嫌がられるのかもしれない。
母の粗相は落ち着いたが、代わって咳がひどくなった。
放置すると、呼吸困難を起こしたり、嘔吐する。殊に、夜中の咳には悩まされる。原因は心臓が弱り、肺に血液が滞留しているからだ。対処法は少なく、母の上半身を起こし背中をさすって落ち着くのを待つだけだ。昔、母は循環器の名医から、龍角散が一番良いと聞き、愛用していたが効かなくなった。今は、落ち着いた所でカリン酒を薄めたものを飲ませる。これが不思議によく効き、暫くは治まる。
老いの問題は、モグラ叩きのように一つ潰しても、他がすぐに頭をもたげる。老親を長く介護して亡くした知人が「人はなかなか素直に終わらないものだ。」と話していたが、私も実感している。
しかし、散歩に連れ出し、自然の中で「いい気持ち。」と喜んでいる母を見ると、生きていてくれて良かったと思ってしまう。今年の自然は、いつになく美しい。例年なら、色褪せ始める草木が今も瑞々しい。
散歩帰り、近所の袋小学校脇を通ると、プールから子供たちの歓声が聞こえた。
「正喜の小学校では、港にロープを張って水泳大会をしていたね。」と、母は昔の私の学校行事を思い出していた。
昭和30年初頭、漁師町の小学校は泳ぐだけなら海水浴場で済ませたが、水泳大会は港内の水面に四角くロープを張って行った。当時、田舎の子供は水着など使わず、猿股かスッポンポンで泳いだ。猿股より赤フンの方が機能性は良いが、何故か、それを締めていた子供はいなかった。はっきり覚えていないが、フンドシは軍国主義の遺物として進駐軍から禁止され、その後遺症が残っていた、と聞いた記憶がある。これが全国的なことなのか、それとも私の地方だけのことか、はっきりしない。
当時、私は水泳パンツをはいていた。白ベルト付きの紺の毛織物で田舎では珍しく、見物の大人たちから「ハイカラなパンツをはいているから、泳ぎは上手いだろう。」と注目された。私は漁師の子供たちと比べると下手だったので、とても恥ずかしかった。以来、水泳パンツは止めて、皆と同じように、猿股がスッポンポンで泳いだ。
道すがら、そのことを車椅子の母に話すと、
「よく、パンツをゴワゴワにして帰って来るので、学校帰りに泳いだことがすぐに分かった。」と笑った。泳いだ後、真水で塩を洗い流せば良いのだが、浜で遊んでいる内に、乾いてゴワゴワになり、そのまま帰って母にばれていた。
親が生きていれば、そのような昔話ができる。やがて逝ってしまえば、見慣れた風景がなくなるように寂しくなるだろう。
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