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2008年6月30日 (月)

お富士さんから湯島天満宮夏越の大祓へ。08年6月30日

午前中の散歩を早めに済ませ、午後から、お富士さん(十条富士神社大祭)と湯島天満宮の夏越し大祓へ出かけた。
午後1時、曇り空は薄れ青空が見えた。新河岸川遊歩道を駅へ向かう背後から照りつける日射しが熱い。埼京線北赤羽駅のホームで各駅停車を待つていると、携帯を忘れていることに気づいた。電車が来るまでに5分、取りに帰る時間はない。

十条駅で下車して、駅前の電話ボックスに入った。小銭入れを見ると10円玉は2個だけ。何かあった時のために、母に電話して携帯を忘れた事を手短に伝えた。公衆電話を使うのは数年ぶりで、電話機の汚さが厭になる。携帯を忘れた時、若者の多くは遅刻しても取りに帰るらしいが、私も別の意味でそうしたい。携帯は時計に電話帳に手帳の役割があり、いつのまにか必携の品になってしまった。

十条で長く暮らしたので地理は詳しい。十条銀座裏通りを曲がりくねりながら行くと、露店が並ぶ通りに出た。参拝者たちで賑わう通りの両側に、成長したハナミズキの並木が日射しに美しく映える。普段は殺風景な寂しい350メートル程の道だが、お富士さんの6月30日と7月1日の祭礼の間は華やかに変身する。お詣りは45年間一度も欠かしたことがない。人混みに親しんだ人達の面影を何となく感じる。

富士塚は元古墳の上に祭られている。富士神社の鳥居脇で線香を100円で求め、高さ10メートル程の階段を上り塚に線香を上げた。傍らの年寄りグループが神社なのに線香を上げるのはおかしいと不思議がっていたが、何故か富士講では昔から線香を上げることになっている。これから1年の幸せを心を込めて願い、塚を下って京浜東北線東十条駅へ向かった。

上野へ向かう車窓から、線路沿いの段丘の上をぼんやり眺めた。日暮里辺りから段丘の上は墓地が続き、緑が深い。美味しそうに実ったビワがあちこちに目につくが、誰も採る人はいないようだ。

上野公園口から忍ばす池へ抜けた。広大な水面を埋め尽くす蓮の爽やかな香りが心地良い。弁天様にお詣りして、忍ばす池の中道を湯島へ向かった。鴨はいなくなったが、足元に寄って来るスズメたちが可愛い。彼らは隣の上野動物園でたっぷり餌を横取りをしているので、赤羽のスズメより大柄である。

連れ込みホテル街を抜けて湯島の坂を上り、湯島天満宮のブロンズの鳥居をくぐる。午後5時の大祓式まで2時間以上あるので参列者はまだ少ない。厄よけの茅の輪くぐりをして本殿にお詣りし、厄を移した人形(ひとがた)を社務所に納めた。例年は5時からの大祓式に参列するが、今年は母のことがあるので、すぐに帰路に就いた。

午後4時に帰宅したが、母は何事もなかった。以前、私が外出中に母は転び、起き上がれないまま数時間を過ごしたことがある。転んだ状況によっては大変に危険で、携帯を忘れた今日は気が気でなかった。完璧ではなかったが、いつもの行事を済ませられて安堵した。

下写真。2005年6月30日、十条お富士さん祭礼。
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