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2008年6月 5日 (木)

適当に、母は惚けの世界に逃避する。08年6月5日

母の散歩は休んだ。午前10時に姉が来たので、母のことを頼んで池袋へ画材買いに出た。赤羽北から赤羽駅までは僅か3キロほどだが、車椅子なしで歩くのはバランスが取りにくくて疲れる。慣れとは変なものだ。
赤羽台団地を抜けた辺りに小次郎君がいた。飼い主のKさんは母が弱ったことを心配していた。
歩いて3分の埼京線北赤羽駅を避け、赤羽駅まで歩くのは電車の本数の多さにある。思惑通り、池袋行きは5分ほどで到着した。池袋ビックカメラでプリンターインクと葉書用紙を買い、それから、世界堂で筆を買った。

帰宅すると母相手に退屈していた姉は、待ってましたとばかりに帰って行った。
「駅前で小次郎ちゃんに会ったよ。」と、テレビを見ていた母に言うと「小次郎ちゃんって、誰だったけ。」とキョトンとしている。記憶が抜けるのはワンコの名前だけではない。最近は、孫の名前も分からなくなることがある。直接、小次郎君や孫たちに会えば自然に愛情を交わせるのだが、目の前にいないと難しいようだ。

母は4月に弱り始めてから、そのように記憶が抜けることが増えた。これは、終末期が近い高齢者が備える、死への対処方法の一つだ。もし母が、頭脳明晰なまま死を迎えるとしたら、とても耐えられないだろう。
しかし、週一回服用の骨粗鬆症薬フォサマックは忘れない。服用日の土曜朝、私が薬を忘れていると、母は催促する。どうやら、自分の身体にとって重要な記憶は抜けないようだ。

昼食後、
「惚けが進まないように一生懸命テレビを見てな。」とベットに横になった母に言った。
母が見始めた「大奥」の再放送が終わった頃、心臓の薬を飲ませに行った。
「小次郎ちゃんは、誰か分かる。」と聞くと、「人じゃなくて、Kさんちの大きな茶色のワンコでしょ。」と、すぐに答えた。「じゃあ、僕は誰か分かる。」と聞くと「分からない。貴方はどなた。」と、さも馬鹿馬鹿しそうに言った。どうやら、テレビドラマの効果で頭はしっかりして来たようだ。

母が短時間に記憶が抜けたのは、姉と留守番をしていたからかもしれない。姉は黙って時間を過ごすのが苦手で、いつもつまらないことをダラダラ喋り続ける。今日は多分、墓の維持管理のことでの上の姉への不満と、仕事の自慢話をしていたと思う。母はそれを聞くのが面倒になって、一時、惚けの世界に逃避したのかもしれない。我が家の姉達は子供の頃から仲が悪い。

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