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2008年6月 9日 (月)

母は憤ると元気になる。08年6月9日

自然公園で路傍を眺めながら車椅子を押していたら四葉のクローバーが見つかった。
今、仕事がピタリと入らなくなり、絵も売れない。これには滅入る。永遠に夜が開けないような閉塞感に捕われる。本の話も一時中断中で、先行きは混沌としている。だから、迷信でも幸運の四葉のクローバーは嬉しい。
しゃがんで、そっと四葉を摘んでいると、「おや、見つかったかい。」と旧知の八百屋さんが声をかけた。彼は赤羽台団地で長く八百屋をしていたが、団地の建て替えが決まってから廃業した。最近、心筋梗塞でバイパス手術を受け、今は養生に毎日自然公園へ散歩に来ている。
彼は東北から上京して13年間修行してから、赤羽台団地で独立した。団地の店は大変な抽選率で、当たって開業できた時は天にも昇る心地だったと言う。草創期の団地は活気があり、若い人を数名雇う程に繁盛していた。母と私は、彼とはその頃からの知り合いである。

朝から、秋葉原通り魔事件の報道ばかりだ。
母はテレビ画面で、逃げ惑う群衆の中の旗竿を持って逃げる若者を見て、
「情けないね。どうしてその旗竿で戦わないんだろう。」と、怒っていた。母は憤ると元気になる。
「そんなに死にたければ、ヤクザの事務所にでも殴り込めば、簡単に殺してもらえるのに。」と後に続けた。もっとも、犯人にヤクザに殴り込む程の度胸があれば、こんな事件は起こさなかったはずだ。

それにしても、犯人は人生のどこでボタンのかけ違いをしたのだろうか。もし、それがなかったら、普通に家庭を持って、ちょっと短気なナイフ好きのおじさんとして一生を終えただろう。報道では過去を掘り下げ、犯人像を探っているが、心の闇は本人しか分からない。

夕暮れ前から雷鳴。玄関を開け、暫く稲光に見とれた。壮大なこの自然のドラマは素晴らしい。
蒸し暑いので、窓を開けていたら冷たい風が吹き込み始めた。外は雷に加え激しい雨が落ち始めた。この雨は、秋葉原の路上の血を洗い流すことだろう。

今月末の新宿のホテルでの同窓会通知が来ていた。私は母が倒れてから総て欠席している。本当の理由は母が倒れたからではなく、楽しめなくなったからだ。会場で交わされる会話は、想定問答集のように定型化されていて、はじけるような楽しさにほど遠い。

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