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2008年6月 8日 (日)

映画「The 有頂天ホテル」に10年の経緯を感じた。08年6月8日

昨夜の映画、三谷幸喜作「The 有頂天ホテル」は男子バレーの延長の所為で1時間遅れで始まった。おかげで就寝は1時近く、今朝はとても眠かった。映画の基の一つの「グランドホテル」はシリアスでよくできた映画だったが、「The 有頂天ホテル」の方は上手く喜劇になっていた。映画には東京サンシャインボーイズの舞台の雰囲気が残り、昔のことを思い出した。
三谷幸喜主催の東京サンシャインボーイズが活動していた10数年前まで、よく観に行っていた。人気劇団だったが、劇団に知人がいたのでチケットはいつでも取れた。映画の中にも知人たちの顔が散見できて懐かしくなった。

昔、劇団七曜日の宣伝美術をしていたので、劇団繋がりで様々な役者さんたちと交流していた。思い出すのは新宿や下北沢の安い店で、終電が終わるまでにぎやかに飲み続けたことだ。帰りはタクシーは使わず、赤羽の家まで歩いた。下北沢からだと、裏道を複雑に曲がりくねりながら山手通りへ出て、一気に中山道の板橋本町へ出た。板橋本町辺りに来ると東の空が明るくなった。その頃は酔いは醒め、中山道沿いの終夜営業のラーメン屋に寄ってチャーシューメンを食べた。当時、「親父狩り」の言葉があったが、今と比べると東京の夜は遥かに安全だった。
赤羽の家に着くのは午前5時頃、すでに母は起床して台所で片付けものをしていた。玄関を開けると「お帰り。楽しかった。」と、母は明るく迎えてくれた。「まあね。」と、私が答えるのも、今とまったく同じだ。変わったのは母が台所に立たてなくなったことと、私が馬鹿な遊びをしなくなったことだ。
映画が終わり、テレビを消すと部屋は静まり返った。玄関を開け、地上の明かりをしばらく眺めてから就寝した。

今日、午前中は雨がパラつくとの予想は外れ、薄日が差した。
昨日の母の通じは少なく、気分がすぐれない。歩道の凸凹を選んで車椅子を押して、振動で腸の動きを活発にさせることにした。今まではこれで効果があったが、最近は効き目が薄れた。

自然公園は野イバラが満開で、黄色い花粉団子を足につけたマルハナバチが忙しく働いていた。カルガモのヒナは5羽に減ったが皆元気に田圃の草取りに励んでいた。

帰りはどこにも寄らず10時半に帰宅した。
すぐに母に、大黄主成分の緩下剤を飲ませた。母は大黄は効き過ぎるので調整が難しい。分量はとても少なくしたが、午後、母は粗相をした。幸い、天気が良いので汚れ物はすぐに洗濯した。
粗相の後始末より、止まった時の対応が数倍大変である。以前、一度だけ病院で処置して貰ったことがあるが、医師にも看護婦さんにも気の毒な思いをさせてしまった。以来、少々下痢気味になっても、出る方を重視している。夕暮れ、母は腹が空になってすっきりした、と喜んでいた。

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