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2008年8月17日 (日)

母は姉の名を忘れた。08年8月17日

案内状の宛名書きに深夜まで煩わされている。毎年、個展をしていた頃は、事前に送り先を整理し、一覧表を作って少しずつ書いていたが、7年ぶりで、すっかりコツを忘れていた。早く終えて、作品作りに専念したい。

昨夜からの豪雨の後、冷気が居座って涼しい。早朝、あまりに涼しいのでタオルケットを出した。
朝は霧雨のなか散歩に出た。オリンピックの女子マラソン中継の影響か、涼しいのに散歩コースに人影がない。溢れるように咲き誇っていた百日紅は昨夜の雨に打たれて散り、地面をピンク色に覆っていた。莟は沢山残っているので、数日すれば、再度咲き誇るだろう。

昨日朝、「裕子の下の子は何て言ったけ。」と母が聞いた。裕子とは上の姉で、私はてっきり裕子姉の子供たちの名と思ったが、母は「それじゃなくて、ほらあれ、裕子の妹。」と言う。娘の名を忘れるとは、いよいよ惚けたかと「ああ、昔、うちで下働きをしていたオテルのことね。」と言うと、「そうそう、オテルさんのこと。」と母は調子を合わせた。晃子姉は毎週土曜に訪ねて来る。それで母は、名を思い出そうとしたようだ。

暑い散歩から帰ると、晃子姉が待っていた。出迎えた姉に母が「貴女はどなた。」と聞くと、姉は「バカ。」と笑った。
母の惚けは確信犯的な部分が多い。どれも一過性で私も本人も気にしていない。死が間近な母の歳では、頭脳明晰は辛く、惚け気味な方が気楽に過ごせる。

今朝は午前4時にブザーで起こされた。慌てて駆けつけると、腹が痛くて眠れないと言う。いよいよガンの痛みが出たか、と愕然としたが、様子が少し違う。母は、昔、腹膜補強に入れたメッシュが溶け始めたので、この数ヶ月、腹が痛いのだ、と訴える。しかし、体組織と一体になっているメッシュが溶ける訳がない。それに、眠れない程の激痛を数ヶ月も黙っておくはずがない。「痛みは気のせいだ。」と言うと「死ぬかもしれないのに、酷いことを言う。」と母はむくれた。仕方がないので、常備薬の百草丸を飲ませて自室に戻った。30分後に様子を見に行くと、母はぐっすり寝ていた。

それから二度寝し、寝過ごして7時に目覚めた。起きる準備をしていた母に、腹の痛みはどうなったと聞くと、ブザーで起こしたことは覚えているが、痛みは覚えていない。母は惚けに加えて幻覚も増えたようだ。しかし、元気ならそんなことはどうでも良い。ただ、寝不足は辛いので、「そんなことで起こすんじゃないよ。」と、言っておいた。

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