東京北社会保険病院皮膚科で母の左まぶたのホクロを切除した。08年8月19日
「先週より色が薄くなっているようですので、悪性のものとは考えられませんが、経過観察しますか。それとも切除しますか」
女性医師は念を押した。医師の直感は尊重するが、私は躊躇なく切除を頼んだ。それは長く小さなシミだったのに、今年4月あたりから急速に変化し、悪い兆候に思えたからだ。
切除前に血圧が計られた。それから患部のある左上まぶたを消毒して、手術セットの使い捨て灰緑色シートが母の顔にかけられた。シート裏は弱く肌に粘着して、中央の手術穴がずれない仕組みだ。次に患部皮膚に局部麻酔の注射。くの字に曲げられた針はまぶた皮膚に薄く刺さり、注入された麻酔薬が患部を半球形に持ち上げた。膨らんだ風船と同じで、患部は固定され切除しやすくなる。
患部の皮膚は横方向紡錘形に使い捨てメスで切れ目が入れられた。それからピンセットで持ち上げられ、すくうように下の組織から切り離された。要した時間は10分程で出血はほとんどない。その間、母は手術台を兼ねた診察室ベットに気持ち良さそうに横になっていた。
「見てみますか」
ホルマリンに漬けた切除した皮膚を、看護婦さんが私に渡した。それは赤い小さな破片で、よく見てもどうなっているか分からなかった。
医師は6ミリほどの傷口を丹念に6針縫った。紡錘形に切除したのは、傷跡が綺麗に横一文字になるためで、6針も縫ったのは傷口が開かないためだ。
「傷はしっかり塞がりますから、明日の夕方から顔を洗っても大丈夫ですよ」
医師は手術シートを母の顔から剥がしながら言った。
「あら、もう終わったんですか。気持ちよくて、眠ってしまいました」
母は陽気に話していた。傷跡にはゲンタマイシンが塗布され絆創膏が貼られた。
「母は以前、ボーエンを転移する段階まで経過観察されたことがあり、それで、切除をお願いしました」
そう言うと、「それは待ち過ぎですね」と医師は何度も繰り返した。
母の場合、経過観察で大きくなってから切除すると、場所がデリケートなまぶたなだけに面倒な手術になる。今回の手術跡はシワの方向と一致するので、殆ど分からなくなりそうだ。
看護婦さんが診察室の外で、再度母の血圧を計った。血圧は術前と変わらず、麻酔ショックの兆候はない。
「ご出身はどちらですか。」
計りながら看護婦さんが母に聞いた。
久留米生まれだと答えると「やっぱり。ハキハキお話しになっているから、九州の方だと思いました」と言った。そして「こちらの先生は、仕事がとても丁寧ですよ」と付け加えた。先月の診察から、母のホクロについて色々不安はあったが、これで厄介ごとが一つ消えた。手術費用は1割負担で5100円だった。
術後の95歳母。
余分な皮を切除したから目がぱっちりしたよ、と言うと喜んでいた。
--後日の細胞診の結果は異常なく安堵した。手術跡は完璧に治り、余程目を凝らさないと傷口は分からない。看護婦さんが自慢していたのは本当だった。
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