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2008年8月 1日 (金)

赤羽風景は次々と変わって行く。08年8月1日

9月1日からの個展まで一ヶ月を切った。額合わせ、搬入、案内状の発送等の雑事を差し引くと、絵に費やせるのは20日足らずだ。しかし、7年間個展をしていないので、展示する作品は十分にある。
問題は雑費の捻出で、先程、預金残高を調べ、無い金をやり繰りした。この作業は神経が疲れる。

絵描きに転向した頃は資金が潤沢で、預金残高等は気にせず、必要なだけ下ろしていた。当時使っていた銀行支店は、三菱銀行赤羽台特別出張所と長ったらしい名前だ。場所は赤羽台団地の広い中央道路突き当たりの、明るく気持ちのよい店だった。窓口に待つ人は殆どいず、ゆったりしたソファーに腰かけ、窓外の明るい団地風景を眺めながら手続きが終わるのを待っていた。

バブルが終わって間もなく、銀行合理化が進み三菱銀行赤羽台特別出張所は無人化してATMだけになった。代わって赤羽駅前の支店を使うようになったが、いつも雑然と混んでいて、うんざりさせられた。三菱銀行赤羽台特別出張所があった団地建物は、今は建て替えのために取り壊され、広い空き地になっている。

先日、自然公園から赤羽駅前に出るのに、その空き地を通った時、
「あの銀行があった頃は良い時代だったね。」と、車椅子の母が話した。風景が消えて行くと、思い出も消えてしまうようで寂しい。
まだ、赤羽台団地の半数は壊されずに残っている。古い建物の回りには、住人が植えた花や樹木が多く、今はムクゲとホウセンカが咲いている。ホウセンカは半ば野生化して、あちこちに咲いているので、母に言われて花弁を5,6枚摘んだ。
その夜、母は花弁と明礬を練って、小指の爪に盛って、乾かないようにラップで封をした。翌朝には指先は濃いオレンジ色に染まっていた。これはとても堅牢で、爪が伸び切るまで色落ちしない。

アオノリュウゼツランの花は朝日新聞で報道して以来、遠方からも見物がやって来る。中には蒲田から京浜東北線で来た老人もいた。
花の房は8つに増え、来週半ばに盛りになりそうだ。傍らを通る都度、花を見上げては原産地メキシコの大地を夢想している。これほどに巨大で見事な花を見たことはない。秋に花が終わって枯死したら、風景がまた一つ寂しくなりそうだ。

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