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2008年9月12日 (金)

老いは思い悩まずに受け入れる他無い。写真日記更新。08年9月12日

自然公園入り口で大型犬の小次郎ちゃんに会った。半年前、彼は心ない人に薬物をかけられ、片目を失明して摘出した。その後遺症で、最近、残った片目が緑内障になり、失明寸前だ。しかし彼は、とても元気に母におやつをねだっていた。彼らの現実を受け入れる力は人の数十倍も優れている。彼らを見ていると、人は決して優れた存在ではないと思い知らされる。

日影の冷たい敷石に、気持ち良さそうに仰向けになっている小次郎ちゃんを撫でていると、顔馴染みが声をかけて来た。
「ちょっと聞くけどさ、お母さんはデーサービスに行っているの。」
母は車椅子で終日過ごすのが無理になったので、今は預けていない、と答えると、彼は自分の88歳の母親のことを話し始めた。夏前、彼の母親が転んで歩けなくなり認知症が進んだことは聞いていた。
「あの後、板橋の民間病院に入院して、1ヶ月の命と言われたんだけど、最近、驚異的に元気になって、10月1日に退院させられるだよ。」と言ってから、退院した寝たっきりの母親を受け入れたくても、自宅介護出来る環境ではなくて困り果てていると話した。
「母が三日だけショートスティした浮間の施設は、特養が併設されているから、そちらに問い合わせるといいかもしれませんよ。」と言うと、それについてはすでにケアマネと相談済みで、結果は12月に分かるらしい。しかし、それまでの2ヶ月間、世話をどうしたらよいか、困り果てての相談だった。
「本職は調理師なんだけど、腱鞘炎になって仕事ができなくて、今は金のかかることは全部ダメなんだ。これで母親を引き取ったら、本当に困ってしまう。」と、彼はしきりに嘆いた。
介護は逃げ腰になると、大変辛いものになる。かと言って、寝たっきりの世話は容易ではない。同情はするが、私に適切な助言は無理で、「お大事に。」とありきたりのことを言って別れた。

何処も年寄りのことは大きな悩みだ。
個展が終わる迄、個展のことしか考えなかったが、終わった今、母の体力低下した現実がドーンと頭上にある。母はいつも疲労が強く、吐き気で食も進まず、生きていることが苦痛の様子だ。テレビも点けず、死んだように眠っている母を見ると、そのまま静かに逝けば、楽だろうと思うことがあるくらいだ。しかし、自然公園での母の笑顔を見ると、生きていてくれて良かったと心底思ってしまう。
老いたらどうすれば良い、ではなく、老いはあるがままに自然に受け入れる他ないようだ。

☆写真日記。枯れた青の竜舌蘭の花他14枚を掲載。右サイドバーから入る。

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