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2008年9月21日 (日)

金持ち喧嘩せず。08年9月21日

朝、散歩へ出る頃は日射しが暑かったが、自然公園に着く頃は雲に覆われ雨が落ちて来た。ポツリポツリで雨具が必要な程ではない。

公園で母は疲れて歩けないと言うので、手摺につかまらせ簡単な体操をさせた。
「お母さん。元気ですね。」通りかかった顔馴染みの老人が声をかけた。
「元気じゃないですよ。もう、クタクタ。」と、母が答えると、「幾つになっても、親は生きていてくれるだけで有り難いですよ。」と優しく励ました。
老人は70代後半。出会う都度、「幾つになっても、親は死なれると寂しい。大切にしたがいいよ。」と私に声をかける。老いても親のことは忘れられないようだ。

管理棟で母にトイレを使わせている間に、雨は強くなった。雨具の用意をしていないので、手持ちのビニールシートをカットして応急の雨具を作り母にかけた。私は暑いので、濡れる方が気持ちが良い。帰りは真っすぐに帰宅した。

昼食は有りもので済ませた。昼食後、休んでいると知人から電話があった。
9月17日ブログの「お一人様の老後」男性編の顛末を読んだらしい。
「大手出版なのに、ひどい仕打ちですね。抗議したが良いんじゃないですか。」と、彼は同情した。去年、この執筆依頼があった今頃、彼に報告している。後日、彼は生活費の足しにと作品を買ってくれた。だから、私が乏しい金をやり繰りして、執筆に励んでいた経緯をよく知っている。
「大手との喧嘩は手慣れていますが、争いで気分が汚れては良い絵が描けなくなるので、早く忘れることにしています。」と、私は鷹揚に答えた。今は僅かながら売り絵の代金があり、「金持ち喧嘩せず」である。しかし、先に行って生活が苦しくなれば、補償を求めるかもしれない。と言っても、厭な思いをして得られるのは取材費名目の涙金だ。世間で憧れの、フリーな生き方の現実はかなり汚い。

本業の絵の世界は出版よりも汚い。画料の踏み倒しは日常茶飯事で、私も仲間も全員が経験している。だから企画展依頼が来ても、受ける受けないの見極めに苦労する。
画廊は昔は金持ちの道楽仕事で、品の良い仕事だった。それが戦後、美術市場が拡大すると共に、不動産屋感覚で参入する者が増え、ヤクザな稼ぎ方をした。そのような画商は利益が減ると平気で作家への支払いを踏み倒した。

私の見極めの仕方は、小さな約束を守るか守らないかだ。先の出版社の担当編集もそうだったが、日時や取り決めを平気で破っていた。そのような人間は、自分本位で相手を傷付けることは平気だ。困った事に、そのような人間は重要なポストに就いたりする。何故なら、彼らが約束を破るのは弱い相手だけで、自分に利益をもたらす相手には、別人のように誠実になれるからだろう。
と言っても、人の判断は難しい。フリーの人間は、チャンスがあったら恐れずにグイグイ前へ出て行く他ないようだ。

お昼、雨の湿気が入らないように、仕事部屋の窓を閉めておいたら、空気入れの小窓にクモが巣を張った。窓を開ければ壊れる巣で、風に揺れながら、のんびりお客を待っている小さなクモが哀れで可笑しい。

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