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2008年9月26日 (金)

NHK教育サイエンスゼロで疲労回復物質イミダゾールペプチド(別名イミダペプチド,イミダゾールジペプチド)。08年9月26日

NHK・Eテレ・サイエンスゼロでは疲労を取り上げ、疲労回復の特効物質を紹介していた。その物質はイミダゾールジペプチド、別名イミダペプチドと呼ばれ、鶏の胸肉に多く含まれている。胸肉を1日に100グラム食べれば十分効果がある。番組では、この抜群の疲労回復効果を10人ほどの被験者たちに試してもらい著効があることを実証していた。

早速、私も母の介護で疲労気味なので散歩帰りに胸肉を買った。鶏胸肉は普通の食品なだけに安全性は確かだ。イミダゾールジペプチドは魚の赤身やクジラにも鶏の胸肉程ではないが、多く含まれている。それは科学的に実証されている数少ない疲労回復物質の一つとされている。

鶏肉では他の部位には少ないのに、胸肉に特別に多い。それは体力を使う飛翔との関係が深いのだろう。例えば、渡り鳥のオオソリハシシギのメスは、アラスカからニュージーランドまでの11680キロを不眠不休で8.1日間、一度も休むことなく、滑空することなく、羽ばたき続けて飛んだ大記録を持っている。それができたのは胸肉のイミダゾールペプチドのおかげだ。

鶏の胸肉を試してみた結果は、イミダゾールペプチドの効き目は確かだった。車椅子の母を3時間・15キロを押した後、休まずに3キロ離れた赤羽駅近くの床屋さんへ行って帰ったが、まったく疲労を感じなかった。

私の経験では、疲労困憊してから食べても、直ぐに驚く程の効果があった。
早速、いつも疲労を訴える同年齢の友人に勧めてみた。しかし、彼はそれほど効果がないと、直ぐに止めてしまった。聞いてみると、彼は殆ど歩かず、毎日、自宅と車の生活をしていた。彼は肉体的な疲労ではなく、体力低下による疲労感で、イミダゾールジペプチドは二次的な効果しか期待できなかったようだ。

私が毎日食べる量は200グラム。
「サイエンスゼロ」では100グラムで十分と言っていたがロスを考えて2倍量を摂っている。ちなみに、私は老いを感じ始める64歳。胸肉は100グラム35〜80円程で大変安く、長く続けられるのが有り難い。

今はドリンク剤にその成分を加えたものがあるが、胸肉100グラム分の成分が入って300円ほどと割高。しかし、忙しい時や食欲の落ちたお年寄り向けとしては便利だ。

食べ方は、最初は茹でてドレッシングをかけてみたが、これはパサパサして不味かった。
次は有効成分を余すことなく食べられるように、塩コショウして塊のままグリルでじっくり焼いた。その時出た肉汁はソースにして、スライスした胸肉にからませたら美味かった。冷めてからは、マヨネーズをかけて美味しく食べた。このような体に良いものは飽きずに長く食べ続けることが大切なので、その後、食べ方を数多く工夫した。

塩麹、八丁味噌、ショウガ、ニンニク少々、胡椒、唐辛子を酒と食酢とミキサーにかけたタレ。私はコレステロール値が高いので胸肉は皮と脂肪を丹念に取り除き、一口大に切ってそのタレに漬け込んだ。それを適当に日替わり野菜とオリーブ油で炒めて毎日食べている。塩麹の働きでパサパサ感が消えてとても美味しくなる。炒める時、少量の水とドライトマトを加えると、更に美味しい。

茄子の季節には、賽の目に切って電子レンジで加熱して仕上げに加える。ぶつ切りにした生のキュウリを仕上げに加えても美味しい。野菜の種類は毎日変えるが、タマネギとおろし人参は基本として毎回使っている。炒めたものに豆乳をかけても美味しい。炒め物を多く作ったら、その一部にカレー粉を加えて煮込み、カレーにしても美味しい。

取り除いた皮はスープにして浮いた油脂を丹念に取り除き、炒めものの仕上げに加えると、肌に良いコラーゲンを無駄なく摂取できる。

胸肉の味付けは、塩麹をベースにすると、シンプルに胡椒などを加えるだけでも、とても美味しくなる。長く食べ続けたが良い食品なので、調理方法はとても重要だ。


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この数日、足のすねが気怠く痛む。鎮痛消炎剤フェルビナク配合のスティックを塗っても、マッサージをしても、まったく良くならない。このような訳が分からない筋肉痛には、葛根湯が良く効く。それで昨夜は寝る前に服用し、12時前に寝た。今朝、目覚めるとすっきりと痛みは消えていた。痛みの原因は、過労と風邪の引き始めだったようだ。

昨夜は仕事をせずに12チャンネルで、「男はつらいよ。」初回作品を見ていた。制作された昭和44年、私は24歳、母は55歳と今の私より一回り近く若い。映画の初代マドンナ役は光本 幸子。サクラ役の倍賞千恵子も可憐で健気で凛とした美しさがある。この健気な凛とした美しさは、今の女性から消えたものの一つだ。
劇中のタコ社長の印刷所には5,6人の若者が住み込みで油にまみれながら働いていた。昭和44年は右肩上がりの成長を続けた時代で日本全体に活気が満ちていた。タコ社長の印刷所の印刷工の多くは、その後の列島改造の躍進期に独立し、小さな印刷所を持っただろう。そして、バブル時代に空前の好景気を享受し、豊かな老後を夢見たはずだ。しかし現実は、安い中国等に仕事を奪われ、殆どが倒産して消えてしまった。

「男はつらいよ」は録画して、今日の午後、母に見せた。母は「男はつらいよ」シリーズの最初からの大ファンで熱心に観ていたが、途中で疲れベットに横になった。

深夜、母の部屋から咳き込みが聞こえた。咳が長引くと嘔吐するので、様子を見に行った。軽い咳なら龍角散で治まるが、最近はまったく効かなくなった。代わりにカリン酒を薄めたものを飲ませると、すぐに効いて母は寝入った。もうじき、店頭にカリンが並ぶ。今年は母の余命は考えずに、多めにカリン酒を漬け込む予定だ。

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「おじいちゃんのバス停」1番目のシーン
おじいちゃんは毎日バス停へ出かけた。


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