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2008年11月 2日 (日)

豊かさが消えた時、人の本当の姿が見える。08年11月2日

昨日、木枯らしが吹いた。そんな気候の境目に母は欝になる。
それで今朝も極度の疲労を訴え、散歩へ出ても憂鬱な顔をしていた。しかし、ワンコたちに出会うと母は明るさを取り戻す。今日も大型犬の小次郎君に会って元気になった。彼も、母がビーフジャーキに見えるようで、遠くから見つけて尻尾を振りニコニコしていた。

Kuu小次郎君とお母さんと一緒に自然公園入り口まで行った。すると、先に来ていた小型犬のクーちゃんが小次郎君に吠えかかった。と言っても、敵意がある訳ではない。「一緒に遊ぼ。」と吠えるのである。
「静かにしなさい。」と、主人からぽかりと頭を叩かれたが、クーちゃんは昔のわんぱく坊主みたいに元気一杯だ。「痛くないもん。平気だよ。」とケロリとしている。小次郎君をいっぱい撫でた手で捕まえると、興味深げにクンクン嗅いでいるので、彼の身体に匂いを擦り付けてあげた。

土曜深夜NHKの「デスパレートな妻たち」は先月から「アグリー・ベティ」に代わった。
要約すると・・・ファッションセンスも容姿もどうしようもないベティが突然、一流ファッション誌の編集長秘書になってしまった。ハイセンスな業界の中、浮いた存在のベティは偏見に立ち向かいながら逞しく前進する・・・。これは愛情溢れるサクセスストーリー、とNHK広報にあった。

今オンエア中のは2006年制作で、アメリカはバブル真っ盛り。明るく虚飾満載の画面は20年前のバブル日本に重なる。日本と違うのは、バブリーな日本ドラマは崩壊後に軽薄に見えたのに、「アグリー・ベティ」はゴールデングローブ賞エミー賞受賞なだけに、筋立てがしっかりしていて、バブルが大崩壊した今眺めても楽しめる。更に、豊かさとは何か、実に見事なアンチテーゼを投げかけてくれる。

画面には高級レストラン、高級ブティック、黒服が客を選別する高級ディスコと、まさしくバブル全盛のNYが映し出される。登場するニューヨーカーの多くは、今、豊かさの絶頂から転がり落ち始めたが、下町育ちの主人公のベティーは、今も逞しく生き残っているだろう。

今まで、経済で日本の先進性を実感する事は少なかった。しかし、今回は違う。失われた10年を対岸の火事のように白々と眺めていた欧米人達に、「思い知ったか。」と、ちょっと歪んだ優越感を感じている。
日本のバブル時代、私もほんの少し恩恵を受けた。黒服が客を選別している店にも人に連れられて入った。横文字職業の売れっ子たちとも、赤坂六本木と飲み歩いた。しかし、まったく楽しめなかったことだけが今も明瞭に残っている。

不健康な豊かさは人の本質を見誤らせる。そのような虚飾が崩壊しつつある今、真に豊かな人間性が大切にされる。すでに、中国では拝金主義への反省から、孔孟思想が見直されている。同様にアメリカでも、清教徒的な質実剛健な生き方が広く復活するかもしれない。

今日の自然公園の秋祭りは例年になく賑わっていた。管理棟前の木陰では、大勢の家族ずれが、200円のつきたてのモチを美味しそうに食べていた。餅米は公園で収穫された無農薬米だ。豊かさの定義は難しいが、お金だけで得られないことは確かだ。最近、公園の炊事棟を利用する家族連れが増えた。車で遠出してお金を使い疲労困憊して帰るより、手近でのんびり過ごす遊びを選び始めたようだ。

Hosigaki--写真は古民家での干し柿作り。皮むきの時、お尻の皮を小さく残さないと、支えている芯がするりと抜けてしまう。見ていると、ボランティアの人は、お尻の皮も綺麗に剥いていた。干し上がるまでに抜け落ちなければ良いが。

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