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2008年11月22日 (土)

最近、和風の会話や光景が心に染み入る。08年11月22日

今日も雲一つない快晴。今年の秋は例年になく美しい。赤羽自然観察公園の木々の間から見上げる青空は澄み切っていて、一瞬、都内にいることを忘れるほどだ。
公園に着くと、家で半分死んでいたような母は、「自然の中では生き返る。」と笑顔になった。顔馴染みたちも、「顔色が良くて、お元気ですね。」と、母に声をかける。母だけでなく、私も自然の中へ来ると生き返る。自然公園へ来る老人たちも、一様に同じことを言う。

野鳥観察所を兼ねた休憩所では老人が南部牛追唄を尺八で吹いていた。紅葉した木々の間を、哀愁を帯びた旋律が響く。「日本の曲は良いね。」と聞き入っている母に、「寒くなりましたね。」と、おばあさんが笑顔で挨拶した。最近、そのようなありふれたやりとりが心に染み入る。

NurudeMizukiNisikiSuijito写真上から、
ヌルデの実の房。大きな蓑虫のように見える。

色づいたミズキ。ミズキはクリーム色から紅色まで様々に紅葉する。写真のような淡い透明なクリーム色は清楚で美しい。

ニシキギの紅葉。公園で一番早く紅葉する。幹の板状のウロコは黒焼きにしてご飯粒と練って刺抜きの薬にする。

炊事棟前の母。寒くなったのでダウンのコートを着せた。

先日、尿蛋白検査紙を1000円で買った。検査紙は尿糖と潜血も調べることができる。

私は病気オタクなのに病院嫌いで、病院に行くと、病気にされると信じている。病原菌が怖いのではなく、検査結果の数値を聞くと、すっかり病気の気分になってしまう。それで、自分で調べられる尿タンパクなどは年一回、自分で検査する。朝と散歩後、2度調べているが、今のところ異常はない。しかし、病院で専門的に調べたら、あちこち異常だらけだろう。

人間は基本的に動物だ。現代人は殆ど失っているが、動物は本能的に身体の異常を予知できる。私は動物的勘が良く、早めに異常を感じて休養や栄養に気をつける。だから、40年以上寝込んだことがない。

しかし、現代人の多くは、病院へかかりながら無理をして仕事に励む。無理をしなければ、重病に至らずに済むのだが、現実は許さない。本当は、不安な社会だからこそ健康に励まなければならないのに矛盾している。

そんな不安な社会のせいか、出版物タイトルに「幸、生、元気、心、愛。」の歯の浮くような言葉が多い。そんな本は「私はとても良い人です。」と自称する詐欺師みたいで、うさん臭くて読む気になれない。

今日はプチプチの断熱シートを総ての窓ガラスに貼った。北面の仕事場の窓から冷気が降りて来て半身が冷たかったが、貼り終えると半減した。夜になっても、暖房無しで室温は20度を保っている。寒がっていた母も、今日は文句を言わなかった。

昨夜は日テレ放映「続ALWAYS 三丁目の夕日」を見た。私たち世代には、元気で前向きで賑やだったあの時代は切ないくらい懐かしい。ドラマの設定は昭和34年で、私はその4年後に上京している。だから、映画のシーンどれもよく知っている風景ばかりだ。

最後のシーン、茶川と淳之介とヒロミと、血の繋がらない家族が橋の上から夕日を見ているシーンが殊に良かった。私はそのシーンの都電が行く風景に見入りながら、古びた二階建ての商店が続く歩道を18歳の自分が歩いている錯覚を覚えた。

初回の「ALWAYS 三丁目の夕日」は去年の11月に見ている。それは「昭和38年東京。」に記述した。読み返すと、今と同じように18歳の自分を述懐している。その頃の私は失敗ばかり繰り返していた。どれも上手く対処していたら、今より良い人生を送れたかもしれない。
しかし、誤りとか失敗とか思っていることが、案外、正しい判断や行動だったりする。歳を取ったら反省しない方が良い。

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