遺品様々。粗末な遺品は何故か哀しい。08年11月6日
昨日、古い仕事机を整理していたら、世話になった知人の40年前の遺品が出て来た。
スイス、ラドー社の自動巻防水腕時計ワールド・トラベル。バンドは純正品ではない。
長く放置しておいたのに、手に取った動きで自動でゼンマイが巻かれ、スムースに動き始めた。
ラドー日本代理店社長と親しかった知人がその縁で買った品だ。当時はサラリーマンの月収でも買えない高価な時計だったが今は人気薄だ。中古価格は良品でも4,5万あたりか。
腕時計には保管中の汚れがバンドや本体ケースの隙間に強固に付着していて拭いても落ちない。まだ防水機能があると信じ、超音波洗浄器にザブリと入れると、汚れはすぐに落ちた。その後一日、時計は問題なく動いていたが、夕暮れに文字盤とガラスが水滴で曇り始めた。どうやら、防水に問題があり洗浄液が浸入したようだ。
一晩、腕時計を乾燥剤と一緒にしておいたが曇りは取れない。散歩帰り、赤羽商店街の老舗時計屋に寄って、裏蓋を開けてもらうことにした。
老職人さんが専用機具で開けようとしたが、びくともしない。専門の修理工場に出す他ないようだ。修理費を聞くとパッキン取り替えとオーバーホールがワンセットになっていて、2万5千円と言う。直したい気持ちは山々だが、とても支払えない。
「リューズを引っ張った状態で、乾燥剤と一緒にしておくと、水気が取れるかもしれません」
諦めて帰ろうとすると職人さんが教えてくれた。
リューズを引っ張ると僅かに隙間ができる。
帰宅してから直ぐ、教えてもらったように乾燥剤と一緒に密封しておいたら、4,5時間ですっかり水気が取れ動き始めた。
時計屋さんの帰り、駅前広場に出ると、広場の一角で津軽三味線をやっていた。年の頃は40前後の男性--写真中央、木の前に腰かけている。
前に小さなザルを置いて、一心に弾いているが立ち止まる者はいない。
聞き入っていた母が少しお金をと言うので、500円玉を渡した。母は車椅子から手を伸ばして空のザルへお金を落した。男性は笑顔で深々と礼を言った。傍らには身の回りの品を入れたトランク一つ。風天の寅さんのように、実入りが良ければ安宿に泊まり、おけらの日は路傍で一夜を過ごすのかもしれない。
「日本の音は良いね」
母は力強い太竿の音に聞き入っていた。母は昔から、門付や傷痍軍人の前を素通りできない。それは母の養母である祖母の影響かもしれない。
「ばあちゃんと、変な所が似ているね」
帰り道、母に言うとと母は昔話を始めた。
母が育った久留米から熊本は遠くない。夏になると母は祖母に連れられて、熊本城加藤神社の清正公(せいしょこ)さんの祭りに出かけていた。大正期、祭りには、かったいさんと呼ばれるハンセン病患者が大勢集まっていた。清正公がハンセン病だったとの民間伝承があり、昔は加藤神社を信奉する患者が多かった。
祖母は母に小銭を沢山持たせた。
「ご喜捨を」
参道の両側から大勢のかったいさんの手が母たちに伸びた。
子供だった母はかったいさんに近づくのが厭だったが、祖母に叱られるので、仕方なしに一人一人に小銭を渡しながら歩いた。
「自分が近づくのが厭なもんだから、私にさせて」
母は30年以上前に死んだ祖母に文句を言った。
祖母の世代にはハンセン病への偏見はあまりなかった。だから、大正期まではそのような光景が日本各地で見られていた。ハンセン病患者が強制的に収容されるのはそれより後のことだ。
祖母は、社会の底辺の人への情が深かった。祖母は自分や身内の不幸では嘆かなかったが、他人のこととなると涙を流して同情していた。
昔は毎日、巡礼、勧進坊主、お札売り、三味線弾きと、様々な門付けが門前に立ち金銭や食べ物を請うた。祖母は門付が立つと、家に上げて食事をさせ、数日の食費分のお金を与えて見送っていた。祖母の支出が門付相手で留まっていたら良かったが、親しくない他人の保証人まで引き受けてしまうので、その後始末で母は散々困らされていた。
金遣いは荒いが、祖母自身は極めて質素な人だった。祖母の葬儀の後、母は祖母の遺品を整理していた時のことだ。
「こんな粗末な品を大切に取って置いて」
祖母の古びた明治時代の普段着を見つけて、しんみりしていた。
高価な遺品と違い、粗末な品は何故か哀しい。
先日死んだ姉は入院前に、住まいを整理して、アルバムなどを手提げ袋一つに残した。そのわずかな遺品の中に、娘たちが子供の頃に買ってくれた数百円の指輪が大切にしまってあった。自分勝手に自由に生きた姉だったが、貧しい遺品が姪たちを悲しませた。
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