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2008年12月11日 (木)

ツワブキの花と、左右を間違える母。08年12月11日

Tuwabuki_1東京北社会保険病院下の公園にツワブキの花が咲いていた。
南九州ではフキと言えばツワブキを指す。特有の強い香りがあり、食感はフキより繊細だ。春先になると、子供たちは1メートル程の荒縄とマムシ避けの竹杖を持ってツワブキ採りに出かけた。ツワブキは山の温かい南斜面に無尽蔵に自生している。南斜面はマムシも多く、毎年、子供が噛まれ病院に担ぎ込まれた。それで竹杖で行く先の草むらを叩き、マムシを追い払いながらツワブキ採りをした。

採るのは産毛に覆われた若い茎だけで、艶やかに大きく成長したのはオンジョと呼ばれ堅くて不味いので採らなかった。採ったツワブキは荒縄で束ね、竹杖に下げ意気揚々と帰った
帰ると一家総出で皮むきをした。もっとも、私たちは皮むきより、折って細工し、メガネや首飾りを作って遊んでいた。剥き終えたツワブキは、カツオのナマリなどと甘辛く煮た。シーズン中はうんざりする程食べさせられたが、ツワブキ採りは楽しく、ついつい大量に採って来ては食べさせられるはめになった。

近年、郷里大堂津の子供たちはツワブキ採りをしないようだ。それで、作物として畑に植えられ出荷される。一度、市販品のツワブキを買ったことがあるが、オンジョばかりで堅くて不味かった。
--「オンジョ」方言で爺さんのこと。

Kituneホームページの絵、f-41「お稲荷さん」はツワブキ採り帰りの夕景を描いた。

秋の遠足の時、山間に入ると必ずツワブキの花が咲いていた。黄菊に似た花は動物的で力強く、今もその花を見ると遠足を思い出す。そのことは、「ツワブキの花と酒饅頭。」07年11月6日に記入。

散歩帰り、大型犬の小次郎君の家に見舞いに寄った。
9日火曜日、彼は緑内障を悪化させ、緊急に摘出手術をした。手術を決意するまで、飼い主のKさんは、傍目に気の毒なくらい思い悩んでいた。術後、小次郎君はKさんを誤解しているようで、それも心配だった。しかし、彼は遠くから母の車椅子の音を聞きつけ、尻尾を振って待っていた。彼は既に失明を受け入れ、母の手に顔を擦り付けて甘えた。どうやら、心配は杞憂だったようだ。歩き方はまだおぼつかないが、私たちと並んで少し歩いた。目には義眼が入れられ、落ち着くまでまぶたは縫い付けてある。眼球の中身をシリコンと入れ替える手術で、目は動かすことができるようだ。
小次郎君は左右が分かる。彼はKさんに左右を指示されながら路傍をゆっくりと歩いた。Kさんの玄関前で別れると、彼は寂しそうに私たちを見送っていた。

帰り道母に、左右をよく間違える母よりも小次郎君は利口だ、と言うと、祖母がいいかげんだったから、と母は反論した。子供の頃、母が間違えても「それで良いよ、良いよ。」と、祖母は訂正してくれなかったようだ。

その点では母も祖母と同類で、私が右左を間違えても注意してくれなかった。それで、私は工夫し、人差し指を鉛筆握りしてみて握りやすい方が右と覚えた。小学校の2,3年生まで、そのように確認していた。

昼食後、ベットに横になった母は電話機の子機をテレビに向け、「点かないね。」と文句を言っていた。
「テレビに電話してどうする。」と言うと、やっとリモコンと間違えたことに気づいた。
私も疲れているとよく間違え、先日は電話をかけようとして、リモコンのボタンを押していた。これが老々介護の醍醐味。いよいよ老々介護は佳境に入ったようだ。

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