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2008年12月 9日 (火)

昔の子供はニッキ味が大好きだった。08年12月9日

Kitaaka午後からの雨で早く日が暮れ、まだ5時なのに暗い。夜の新河岸川の川面を打つ雨が美しい。橋の上は埼京線の北赤羽駅。

夕飯前、腹がすいて何か探していると母の医薬品用オブラートを見つけた。数枚口に含み、噛むほどにほの甘く、懐かしい味がした。

昔のキャンデーやゼリーはくっ付き予防に、必ずこれで包んであった。最近は湿気止めの包装方法が進んだので見かけない。ちなみに、私が食べた医薬品用オブラートはお菓子用の半分の薄さだ。オブラートは元々はキリスト教の儀式で神父が信者の口に含ませる薄い貨幣状のものだ。それが今のオブラートのように薄く改良された。

昔の駄菓子に、オブラートにニッキ味の甘味を付けピンク色に色付けしたものがあった。2,3センチにちぎってクシャクシャにしてかさばらせ、セロファン袋に入れて売っていた。私は、口に含むとニッキの香りを残してはかなげに消える味が好きだった。しかし、子供のし好に合わなくなったのか、いつの間にか世の中から消えた。
--ニッキ、ニッケイ、私たちの地方では訛ってニッケと呼んでいた。

昔の子供はニッキ味が大好物だ。
赤いニッキ水はヒョウタン形ガラス瓶に入っていた。折りっぱなしのガラスビンの口には小さなコルク栓がしてあり、角は鋭く、気を付けないと唇を切った。しかし昔は、そんなへまな子供は滅多にいなかったは。
ニッキ入り砂糖を塗ったまっ赤なニッキ紙。これは甘味がなくなるまで噛んで、紙カスは路上に吐き捨てた。ニッケ紙-06年6月14日にも記入。
ニッキ入り砂糖の板菓子もあった。紅白の市松模様の紙に包まれた真四角の深紅の板で、女の子は口紅代わりに唇に塗って遊んでいた。

何れのニッキ菓子も毒々しい赤で、食べると口の中が真っ赤に染まった。歯垢検査をする真っ赤な染料の錠剤があるが、あれに似ている。違いは粗悪な食紅が使われていたことだ。今なら発がん性等で、即使用禁止の代物だ。

本物のニッキ(肉桂-シナモン)も駄菓子屋で売っていた。国産肉桂の根を10センチ程の長さに切って一握りほどを赤い色紙で束ねてあった。これは貴重品で子供の小遣いで買うには高価だった。
肉桂は奄美や沖縄では自生しているが、南九州では貴重で庭や畑の一角に植えてあった。家によっては、肉桂の根を子供たちが掘り出さないように瓦等が埋めてあった。
一度、友人宅の肉桂の根を掘ったことがある。とても堅い木質で子供たちの"肥後の守"ではなかなか切り取れず、大変な作業だった。私たちはそれで、ニッキの根が高価な訳が分かった。

ニッキ味は大きくなっても好きだった。上京して間もなく、御徒町の輸入食品店でビン入りのシナモンを見つけ、大喜びですぐに買って食べた。しかし、ボソボソした大味で、子供の頃食べたニッキの根とは別物だった。それから幾度となくシナモンを買ってみるが、子供の頃の肉桂の味には及ばない。国産肉桂の根の皮は薄く、繊細な香りがしてボソボソ感は少なかった。

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