老いは、晴れたり曇ったり、交々至る。09年1月8日
上野歯科医院へ行く途中、大型犬の小次郎君に会った。緑内障で失明してからエリザベスカラーをしているが、すっかり馴染んでいた。
「今日は、おばあちゃんは居ないよ。」と頭をなでると、彼はカラーの中でニコニコしている。
「すっかり元気になって、早朝4時に起こしにきますので、困っています。」
飼い主のKさんは嬉しそうに話した。
Kさんと少し立ち話して、先を急いだ。歯科には予約の12時に着いたが、正月休みの影響が残り、30分待たされた。
若い女性歯科衛生士は、残りの歯列を時間をかけて丁寧に歯石クリーニングしてくれた。歯茎への刺激が気持ち良くて、いつの間にか眠ってしまった。
「とても良好な状態ですので、今回で終わりです。」歯科衛生士の声で目覚めた。
11月の初診では、「親知らずの歯周ポケットが深くなっていますね。」と、指摘されていた。それまで電動歯ブラシに頼っていたので、毛先がポケットに届かず磨きが不十分だったようだ。早速、薬局で歯ブラシを各種購入し、磨き方を工夫した。試してみると、細かい磨きは手磨きの方が優れている。それから、電動と手磨きを併用し、みるみる歯茎の状態は良くなった。
5月の定期検診まで、通院の煩わしさから開放されホッとした。代金1460円を支払い、歯科医院を出たのは1時。「すぐ帰る。」と母に電話を入れると、母の寝ぼけ声が返って来た。ベットでずーっと眠っていたようだ。
帰宅すると母は疲労を訴えた。寝過ぎで身体が目覚めていないのだろう。すぐに強壮ドリンク剤を飲ませると、成分のカフェインが効いて元気になった。
母はドリンク剤のおかげで、午後を問題なく過ごしてくれた。
夕食後の仕事前に、今日届いた第12回リキテックス・ビエンナーレの図録を開いた。
写真は大賞受賞作品。
他の受賞作品も現代アート風の軽めの絵ばかりだ。自己主張も、ねじ伏せるような力強さもなく、風にフワフワ飛んで行きそうなくらい軽い。
中でも写真の大賞は際立って軽い。これでは意志や情熱は通用せず、よほどの運がないと受賞できない。この6年、そのような軽い絵ばかりが受賞する。もし作家が戦略的に賞取り目当てに割り切って描き、並行して骨格のきちんとした絵を描いているなら、プロとしての展望が開ける。しかし、これが受賞作家の総てだったら未来は大変厳しい。この手の絵は、ほとんど売れないからだ。
受賞作品を見ながら、千利休を思った。
彼は朝鮮や中国から渡来した無名の日常雑器の茶碗を選び、適当に解説して箱書きし、大金で大名や豪商に売りつけた。利休には、自分が権威だとの強烈な自意識があり、ないものを有るように見せかけるくらい容易いことだった。
リキテックス・ビエンナーレの審査員たちも、それと似た気持ちで権威付けしたのだろうが、残念ながら、彼らには利休ほどの強固な権威はない。
そんなことを考えていると、内線電話が鳴った。
受話器を取っても、母は黙っている。仕方なく寝室へ行くと、母は片手に受話器、片手に目覚まし時計を持っている。
「どうしたの。」と聞くと、母は目覚まし時計の頭を押しながら、「テレビのリモコンが効かない。」と受話器に話しかけている。母は電話の向こうの私と話しているつもりのようだ。
「それはリモコンじゃなくて、目覚まし時計だよ。」と言うと、
「見もしないで、どうして分かるの。」と文句を言った。
「そばにいるから分かる。」と言うと、やっと枕元の私に気づいた。
「居るなら居ると言えば良いのに。」と、ぼやく母の傍らで、なぜ丸い時計と細長いリモコンを間違えるのか、可笑しくなった。母もそんな自分に、「本当にバカだね。」と、笑い転げた。
老いは、晴れたり曇ったり、交々至るか。
緑道公園のコブシの莟。心無しか膨らんで見える。厳冬期はまだなのに、すでに春の気配。来月始めには土筆が頭を出す。
温暖化以来、冬はあっけなく終わるようになった。
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