古民家の縁側で、老人達は楽しそうに病気自慢をしていた。09年2月22日
日曜早朝、母は骨粗鬆症予防薬フォサマックを飲んだ。この薬は飲んだら30分以上は水以外は何も口にできない。おかげで、朝食も散歩も総て小一時間遅れてしまった。
遅い時間、のんびりと散歩に出ると、緑道公園遠くに大型犬の小次郎君が見えた。彼は直ぐに母の杖の鈴音に気づいて、両耳を立てこちらを見ていた。声をかけて近づくと、母の車椅子にピツタリと大きな身体を寄せた。セパードと日本犬のミックスで、独特の赤茶色の毛並みが美しい。
彼は飼い主のKさんから母経由でおやつを貰えることをよく知っている。
「どうぞ。」と、Kさんが母の手に鶏のササミを乗せると、小次郎君は母の手をよだれでビショビショにしながら美味しそうに食べた。去年、彼が緑内障で失明した時は、Kさんは前途をとても心配していたが、今は、何もなかったように、以前より更に優しい犬になった。
赤羽自然観察公園までKさんたちと歩いた。入り口に着くと、小型犬のクーちゃんが待っていた。小次郎君は元気でやんちゃなクーちゃんが苦手だ。離れて座っている小次郎君に近づこうとするクーちゃんを捕まえ、母の膝にのせた。クーちゃんはしばらく小次郎君を気にしていたが、母の膝上の湯たんぽが気に入ってすっかりくつろいでしまった。
嫌がるクーちゃんを下ろし、皆とは入り口で別れた。
赤羽自然観察公園は親子連れや老人たちでにぎわっていた。日溜まりで休憩していると、30人ほどの老人の一団が、案内係に植物の説明を受けながらやって来た。挨拶すると、1団は私たちの前に止まった。
「こちらは貴方たちよりずーっと年上の96歳です。毎日公園に来られますので、とてもお元気です。」
案内係は、母を風物の一つのように説明をした。老人たちは「もつと長生きして下さいね。」とか「お帽子のバラが素敵です。」とか、次々と母に握手を求めた。母の公園散歩は7年目に入った。長く通い続けたので、母は園内の草木と同化し始めたのかもしれない。
今、7年前から続く常連は数える程で、高齢の方の殆どは、夏の猛暑に挫折する。母が続けられたのは、私が無理に連れて来たからだ。しかし、その私は7年前と比べると体力が落ち、時には酷く疲れ、古民家の座敷で横になって休むことが増えた。
若い頃は永遠にその元気が続くように錯覚する。仮に老いてしまっても何とかなると楽観的に考えてしまう。しかし実際は、老いは確実に身体を蝕み戸惑うことになる。
老いは身体だけではなく、人との付き合い方も変える。若い頃は、深く接し過ぎて、軋轢や愛憎に悩まされたが、今は節度を心得、互いに深く入り込むことはない。概ね、浅い付き合いは心地良いが、時には寂しさを感じる。それは喪失感に近い寂しさかもしれない。更に踏み込んで付き合いたいと願っても、深い人間関係に至らない喪失感である。
とは言え、外向けの喪失感は何とか折り合いをつけられる。しかし、身体のこととなると簡単ではない。
先日の歯茎の痛みは金曜夜からぶり返した。土曜夕刻、急遽、上野歯科医院へ行った。原因は歯茎深部の炎症で歯の神経が死んだか、歯周からの感染が考えられたが、医師に感染原因は特定できなかった。とりあえず好生物質三日分が処方され、1日服用した今は軽快している。
そのように、原因がはっきりしない病変こそ老いそのものだ。老いると、若者では考えられない病変が突然に起こる。病変は年々増えて、「しばらく会わなかったら、すっかり弱ったな。」と陰口を叩かれるようになる。それでも老いは大した事ではなく、直ぐに慣れ、当たり前として受け入れてしまう。
今日も、赤羽自然観察公園古民家の日当りの良い縁側で、ひな壇見物に来た老人達が、楽しそうに病気自慢をしていた。老人社会では、老いは当たり前で辛いものではない。
上写真。土曜日夕刻の埼京線北赤羽駅ホーム。次の赤羽駅で下車して、上野歯科医院へ行った。
下写真、赤羽自然観察公園古民家のおひな様。
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