« 難しい毎日だが、脚力尽くる時、山更に好し。09年2月2日 | トップページ | 何故か、のどかな日に母の老いは進む。09年2月6日 »

2009年2月 4日 (水)

伝統的な営みは、荒んだ心を癒す。09年2月4日

昨夕は、伝統に従って豆まきした。
まず、明かりを総て消して窓と玄関を開き、受け皿代わりの中華鍋に入れた豆ガラを燃して部屋をくすべた。この煙りはいがらっぽくなく、仄かに甘い香りがする。しかし鬼は、その煙りと豆ガラのはぜる音が苦手らしい。

子供の頃のように、大声で「鬼は外、福は内。」と豆まきしたいが照れくさい。しかも、この集合住宅では鳩害を招くので外にはまけない。部屋には後の掃除を考えて少量ずつ。外には、自分の口へ放り込んでごまかした。それでも、季節の伝統行事を済ませるとすっきりした。
昔は、節分にはあちこちからお父さんの大きな声が聞こえたが、最近はとんと聞かない。もっとも、今時のお父さんは夕暮れに家にいないし、いるとすれば失業中だ。

庭の豆 鬼をやつけて鳩の餌

外へ盛大にまいていた頃の句である。昔の節分の翌日は、歩いているとあちこち豆が落ちていた。だから、鳩たちは食傷気味で、本当は豆に見向きもしなかった。

HiiragMameNano_2上。ヒイラギを切り分け、イワシの頭を刺して鬼除けを作り、玄関と各部屋に下げた。鬼は私と同じ先端恐怖症でヒイラギのトゲトゲが怖い。イワシの頭は、匂いが嫌いなのかもしれない。
鬼よけを作っていると、枝に付いた小さな枯れ葉のかけらがモゾモゾ動きだした。よく見ると蓑虫の子供だ。枯れ枝でよく生きていたものだ。
蓑虫の子供は、今日、散歩コースのヒイラギに放した。運が良ければ、生き延びてくれるだろう。

中。残った豆は出汁ツユの素に漬けておいて、茹でた舞茸にざっと混ぜて食べた。一晩漬けると、豆は母でも食べられるくらい柔らかくなる。使った舞茸は、エキスを煮出してガン再発予防に母に飲ませたダシガラだ。残りものでも工夫すると美味い。

下。散歩帰り、菜の花を買った。菜の花はすぐには食べず、水にさして置いたら数倍に大きくなった。瑞々しく生き返った菜の花はさっと茹で、カラシ酢みそで和えると、春らしくとても美味い。カラシ酢みそは、卵の黄身に練り辛しを溶かし、甘酢と味噌を加え、弱火で練り上げる。

季節に結びついた伝統食は美味しいだけでなく、気持ちが安らぐ。
日曜、日本テレビの「ザ!鉄腕!DASH!!」は、伝統食や伝統行事をきめ細かく描いていて好きな番組だ。先日は石臼作りを素材から完成まで丹念に追っていた。私は職人仕事は殆ど経験しているが、石工の使う「びしゃん」と呼ばれる金槌の使い方は知らなかった。肉を平に叩く、碁盤の目が付いた肉叩きとそっくりな金槌で、それを凸凹に打ち付けると、出っ張りが砕け、平に仕上がる。これからは、神社の狛犬などの仕上げを見るのが楽しみだ。

石臼は子供の頃、日常的に使われていたので、よく知っていると思っていたが、粉になる仕組みは本当に分かっていなかった。粉は石臼円周の縁、1寸幅辺りで粉末にされる。それを図解で説明していたが、目からウロコが落ちるようによく分かった。

出演者はソバ栽培から石臼作りまで実演していた。忙しい出演者ばかりで、裏方の専門家が手伝っているだろうが、カメラ前の実演はウソではない。出演者たちの手元を見ていると、本気度が見えて好感が持てた。最後にソバを打って、土間で皆で食べているシーンは、昔の大家族みたいで懐かしかった。伝統的な営みは、現代生活で荒んだ気持ちを和ませてくれるようだ。

伝統的なもの作りは楽しい。赤羽自然観察公園の古民家建設では、土台から完成まで毎日楽しく眺めていた。専門の大工が必要なのは大黒柱と梁と床板くらいで、壁や屋根は素人でもできる構造だ。壁は割り竹を組み、ワラ屑を混ぜた粘土を塗り込める。屋根は、細い丸太と竹を荒縄で縛り付けて土台を作り、茅を縛り付けて貼付ける。それらは親戚知人に近隣総出の共同作業だった。使われている素材は総て地元で安く手に入る自然のものばかりで、古くなれば風化して土地に帰って行った。
それと比べ、現代家屋が冷たくて和めないのは、新素材ばかりで手作り感がないからかもしれない。

Koharu1_3

|

« 難しい毎日だが、脚力尽くる時、山更に好し。09年2月2日 | トップページ | 何故か、のどかな日に母の老いは進む。09年2月6日 »