母の場合、直葬ではなく生前葬を選んでいる。09年5月10日
おしん人形。
小さな身体で、子守りをしながら、笑顔をたやさない彼女の健気さに頭が下がる。
ソラ豆と菩提樹の実はバランス用。
先日、直葬についてのテレビ番組を見た。
直葬(ちょくそう)、(じきそう)。
病院や葬儀所の遺体安置所から火葬場へ直行し、従来の葬儀を行わない葬儀の形態。
葬儀をしない理由。
老人が長生きするようになり、長い介護でお金を使い果たし葬式まで手が回らない。
次々と高額なお金を要求する、形骸化した仏教、葬儀社などへの反感。
生前に故人との別れは十分に済ましているので、更に儀式は必要ない。
無駄だからやらない。
番組中、巣鴨刺抜き地蔵でのインタビューで多かった老人たちの意見。
「死んだ後は子供たちの勝手。自分自身は葬式など必要ない。」
宗教関係者たちの意見。
「葬式は肉親との大切な別れの儀式。それを疎かにするのは日本文化の崩壊。」
実際は死者の年齢によって葬儀の形態は大きく違う。死者が、子供、若者、働き盛りの場合の直葬は少ない。しかし、大多数を占める老人での直葬は年々多くなっている。
私が子供の頃は、殆どの人は60歳前後であっさり死に、脳溢血などで寝たっきりになる人は希だった。比べて、現代の老後のコストはとんでもなく巨額だ。老いてから死まで、家族から介護を受ける期間も長い。多くの家族は葬儀までに疲れ果て、今更葬儀と言う気分になりにくのかもしれない。
「昔は葬式にお金はかからなかった。死人が出たら、遺族は何もせず、ただ座っておけば良く、世話役が費用と手伝いを町内から集め、町内総出で葬式をした。」
葬儀費用がないとの意見に、傍らで見ていた母は不満げだった。
私の子供の頃までは葬儀屋など必要なかった。僧侶も高額のお布施や戒名代を要求しなかった。
有識者は直葬を日本文化の崩壊と言うが、それ以前に、心を救済するための仏教と伝統的な助け合い文化が崩壊していることを忘れている。
母の場合、身内だけで密葬にしようと思っている。私の場合は、「葬儀も墓も必要ない。」と回りに言ってある。遺骨は粉末にして、自然に帰してもらえたら大変有り難い。
夕飯を済ませてから、今日も母は10分おきに呼んだ。
「夕飯食べたかしら。」
「目薬は済んだの。」
「緩下剤を飲ませるのを忘れないでね。」
「今日は何日だつたかしら。」
昼間はしっかりしているのに、夕飯を済ませてから寝るまで、母は頭が混乱する。
事前に、「今日こそ、つまらないことで呼びつけないように。」と念を押したのに、今日も忘れてしまった。
今日は母の日。
ヘルパーのOさんやお隣から、母はカーネーションを貰って喜んでいた。
昨日来た姉は母の日を忘れていた。
赤羽自然観察公園でウグイスカグラの実が赤く熟した。
採って手渡すと、「今年も味わえて良かった。」と、母は笑顔になった。
一日一日、刻むように生きている喜びを味わう。
それが私の考える母の生前葬で、更に葬儀は必要ない。
下写真、今日の緑道公園。背景の太い幹はプラタナスの巨木。
巨木は静かで素晴らしい。
眺めているだけで安らぐ。
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