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2009年5月16日 (土)

早朝、眠れないまま、重いことばかり考えていた。09年5月16日

国内に新型インフルエンザが侵入してしまった。私たちに幸いなことは、アメリカでの調査結果では、新型は16歳以下が罹りやすく、65歳以上は感染しにくい。
心配なのは、強毒性に変異するかもしれない今秋からの本格的な流行だ。今年は夏の間も、人混みではお茶を欠かさず、異常を感じたら直ぐに葛根湯を飲むことにした。

昨朝は5時に目覚め、小用を済ませてから床の中で朝刊を読んだ。
気になったのは口腔ガンの記事。最近、右下奥歯内側の歯肉にぽつりと堅いものが触れる。白くも赤くもなく、滑らかな触感で、直感的には心配のないものだ。しかし、病気オタクとしては気になる。念のため、画用の練り消しゴムを押しあてて雌型を取り、石膏を流して型取りし、変化を見ることにした。次の歯石クリーニングは7月。その時、医師に診てもらえばはっきりするだろう。

口腔がんは、進行すると顔の半分を失ったりする。
彫金職人をしていた昔、彫りの技術を使って銅板画をやっていた。その頃、銀座で銅板画家・駒井哲郎に会ったことがある。その数年後、彼は舌ガンで死んだので印象深い。
彼は銅板腐食液のガスで歯を痛め、若くして大半を失った。それで入れた義歯の出来が悪く、角が舌を刺激し、更に深酒やタバコが悪影響し、舌ガンになり1976年56歳で死去した。

そんなことを思い出しているうちに7時になり、母を起こした。
それまで気になっていたことが消えると、新しく気になることができる。仕事がほぼ決まって生活危機がやや遠のいたので、それに代わって歯肉の異常が気になり始めたのだろう。

今朝も5時に目覚めた。寝たのは1時で睡眠4時間は辛い。2度寝ができないまま、窓明かりを眺めていると30年前の情景を思い出した。

赤羽岩渕に荒れ寺がある。正光寺と呼ばれる古刹で大きな観音立像で有名だ。
当時は荒川土手が散歩コースで、時折、正光寺境内で休憩した。本堂はその数年前にホームレスの失火で焼失し、再建されないままに荒れ果てていた。山門に立つと、荒れ果てた空き地に大観音立像と石塔が見え、シュールで劇的だった。

山門から北本通りへの参道も荒れ果て、草むらの中にバラックが数軒建っていた。
ある日、草むらを野良猫が行くのを見つけ、追って行くと、壊れかけたバラックから声がした。
「何もしませんので、ネコをいじめないで下さい。」
まさか、潰れかけたバラックに人が住んでいるとは思っていなかったので、私は驚いて立ち去った。それは老いた女性の細い声で、訛りのない東京言葉だった。日頃ネコをいじめる者がいて、それと間違え声をかけたのだろう。

それから間もなく、バラックは撤去されて空き地になった。床の中で2度寝ができないまま、あの女性はもう生きていないだろう、と思った。正光寺は今も再建されず、荒れた空き地は駐車場として使われている。寺には仏籍の後継者がいないのかもしれない。

母は気候が良くなってからとても元気だ。赤羽自然観察公園での歩行距離も3割り伸びた。間もなく96歳になる年齢を思うと、この快調さがいつまでも続くとは思えない。夏の暑さが来れば、たちまち弱り始め、色々覚悟が必要になりそうだ。

公園で、久しぶりに車椅子のOさんと会った。彼は去年年末に進行した大腸がんの手術をしている。
「暫く会わないから、悪いのではと心配していたよ。」
Oさんは嬉しそうに言った。しかし、当人は手術直後より顔色は青ざめ、ガクリと弱っていた。
「医者は、"経過は順調です"、と言っているのに、来月も来いと言うんだ。本当は悪いんじゃないのかな。」
Oさんは不安げだった。
「顔色は良いし、とてもお元気そうですよ。」
母が励ましたが、浮かない顔だった。

「あまり良くないようね。」
別れた後、母が言った。本当の病状は、付き添いの夫人が知っている。80を越えた彼が、本当の病状を知った所で得るものはない。老いてから、攻めの姿勢に徹するのはとても難しい。

Haha14日。東京北社会保険病院下公園にて。

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