消したい記憶と九州女の思い切りの良さ。09年5月2日
散歩から帰るとすぐに母をベットに休ませ、テレビを点けた。
母は朝の連続ドラマ「つばさ」を昼も見る。今日のストーリーはラジオポテトの試験放送だった。つばさは喋りが上手く行かず、ひどい自己嫌悪に落ち込んでいた。
私も14年前、それと似た思いをした。FM東京の1時間番組で、私はキャスター相手に海と山の自然を語った。収録の後、経験ないほどの深い自己嫌悪に陥った。後日、局からテープが送られて来たが、そのまま引き出し奥にしまい込んだ。
それから4,5年過ぎて、何となくテープを再生した。語りはシンプルでリスナーへの媚がなく安堵した。これは一度消してしまってから蘇らせた記憶だ。
毎日、母の身辺整理をしている。
母が逝ってから片付けるのは辛いので、元気な内に処分している。
去年10月に死んだ上の姉も同じ考えだったようだ。
死後、姪がアパートの片付けに行くと、遺品は紙袋一つしか残っていなかった。すでに6月入院時に死を覚悟し、寝具も衣類も総て自分で破棄したようだ。性格も生き方もまるで違う姉だったが、変な所が私と共通していた。
遺品には姪たちが子供の頃、姉にプレゼントした玩具の指輪があったと聞いた。多分、遺品にアルバムも含まれていたはずだ。それらは、最後まで捨てられない品だ。
私も、母の持ち物の写真は処分しにくい。姉や姪たちの写っているのは彼女たちに引き取らせることにして、3分の1まで減らした。その中に1枚、始めて見る私と母の写真があった。
どこか寂し気で葬儀の写真と思ったが、私の靴は黒ではなく母の雰囲気も違う。
暫く眺めて、やっと下の姉の最初の結婚式だと気づいた。44年前の昭和40年、私20歳母51歳、場所は埼玉の蕨だった。
嫁ぎ先自宅での結婚式だったが大広間の宴席の雰囲気に馴染めず、裏の空き地に出た。その時、義兄が私たちを撮った。
相手は土地成金の息子で見合い結婚だった。しかし、その婚儀から1ヶ月後、姉は自分で運送屋を手配し、家財を積み込みさっさと離婚してしまった。
「金目当てに嫁に来たのだろう。」との、度重なる姑たちの嫌みが原因だった。
姉は激怒して、別れると母と父に告げ、私たちは快諾した。
結婚相手はおとなしく真面目な人だったが、親には逆らえない人だったのだろう。
私は嫁ぎ先の姑たちに婚礼の日に始めて会った。挨拶すると、「ふん」と尊大な態度をしたのが印象的で、姉の破局を直感した。田舎の考えの姑たちは、嫁に取ったら煮ようと焼こうとこっちの勝手と、言いたい放題だったのだろう。どうやら、九州女の思い切りの良さを見誤ったようだ。今の蕨はベットタウンでマンションが建ち並び、当時の雰囲気はない。後年姉は、家を出る時、別れた相手がおろおろしていて可哀想だったと、ポツリと話した。
それからしばらく、電車で蕨辺りを過ぎる時に不快感が蘇った。
厭なことは早く忘れることにし、すぐに記憶から消えた。整理した中、その日の写真はこれ1枚だけだ。これは今も、消したままにしたい記憶の一つだ。
写真の背広は成人を記念して始めて買った。私は遊び着しかなく、黒靴は持ってなかった。
当時、芸大に落ちた後で彫金の修行をしていた。彫金は大変景気の良い時代で、収入は同世代の3倍はあった。
九州で事業に失敗した父は上京していた。一級土木技師の資格を持ち、高度成長期の東京では仕事はいくらでもあった。
調理師免許を持っていた母は、馬喰町のレース問屋の寮の賄いの仕事をしていた。問屋ビル上階の明るい広い部屋に住み込み、破格の高給で20人ほどの若者の食事を作っていた。姉は母のツテでその問屋に勤め、同居していた。
嫁ぎ先での経緯を聞いた問屋の社長は、姉に会社へ戻るように言った。姉は嫁ぎ先から問屋ビルの母の部屋へ、真っすぐ出戻って来た。それから4,5年、平穏な生活が続き、姉は再婚して母は問屋を辞めた。
今も母と姉は、豊かだったその頃を懐かしむ。馬喰町から大好きな銀座や歌舞伎座は近く、二人は頻繁に遊びに行っていた。当時は時代にも家族にも勢いがあり、少々の躓きは簡単に乗り越えていた。
姉の再婚相手は初婚と対照的に、都会的な湯島の旅館の跡継ぎだった。それは別の意味で新たな波乱の始まりで、銀婚式前に破局した。しかし、嫁ぎ先は良い人ばかりで、破局後も付き合いは続いた。
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