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2009年5月 4日 (月)

ささやかなことの連続が、生活を良くも悪くもする。09年5月4日

昨夜は仕事をしながらテレ朝日曜洋画劇場「象の背中」監督井坂聡、原作秋元康を聞いていた。題名からサーカスの話しと思ったが、肺ガンで余命半年のサラリーマンの話しだった。

主人公はサラリーマンにしては豪邸住まいで裕福。それでも妻子へ残す生活費が1400万不足する。意を決して実兄に相談すると、難なく調達してもらえる。二人の子供は素直で出来が良い。妻役の今井美樹は生活臭がなく、ホスピスに訪ねて来た愛人の井川遥を受け入れてしまう優しさ。これは非の打ち所のない中年男の願望だ。原作者の秋元康は「中年男のファンタジー。」と言っているが、ファンタジーにしては凡庸で面白味がない。殊に死に至る後半は生温く、それを男の夢と言うのは現実のガン死を冒涜している。

原作者秋元康も監督井坂聡も、死を扱うには力不足だった。前半の死を覚悟しての懺悔行脚を深く掘り下げ、家族たちに前向きに現実と戦わせ、ホスピスのシーンをさらりと流したら、佳い作品になった。しかし、後半のホスピスシーンが冗長に過ぎた。

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連休の赤羽自然観察公園は家族連れで賑わっていた。
古民家の座敷では、若い親たちがくつろいでいた。畳の座敷に大の字になり天井を眺めていると、5月の爽やかな風が吹き抜ける。傍らでは、小さな子供たちが備え付けの伝統玩具で遊んでいる。素朴で心にしみ入る休日風景だった。

公園中央の沼地周りに防護ネットが張られていた。水生生物を取りに来る者が多く、それを防ぐネットで、それ自体に問題はない。しかし、色が派手なオレンジで、自然公園の雰囲気を壊している。目をそらしても、緑の補色のオレンジ色はしつこく視野に飛び込んで来る。

公園管理ボランティアには、開園と同時に生まれた自然保護の自然派と、後から自然発生した、野草を刈り樹木を剪定する管理派がある。今回、ネットを張ったのは後者の管理派だ。

7年前、母のリハビリに連れて来始めた頃、土地本来の多種多様な自然が復元していた。しかし、管理派が生まれてからは、野草の大半が刈り取られ野趣が損なわれた。以来、2派は対立し、公園にギスギスした空気が流れた。原則不介入だつた区担当者も困り、管理派に他所の公園の手入れを提案したが、管理派は自然公園に固執した。

「ネットが派手過ぎる。雰囲気がぶち壊しだ。」
公園の常連からも不満が聞こえ始めた。母のことがなければ、積極的に改善策を提案するが、今以上に軋轢を背負いたくない。完全主義では生きづらい。思いは押さえ、時の流れに任せることにした。不満を持つ者が増えれば改善され、誰も不満を持たないなら今のまま放置されるだろう。

ささやかなことの連続が良くも悪くも生活の質を左右する。
昨夜は版画家の菊池氏から相談の電話が来た。近くのマンションの集会所から、近所の主婦たちの和太鼓練習が響いてうるさいと言う。怒鳴り込んだら、一同謝りに来て、勝手に菓子折りを玄関先に置いて帰った。
「貰ったら承知したことになるから、返したが良い。」
と答えたが、肝心の返す先が分からない。和太鼓練習は6月下旬の公演会まで続く。それまで集会所を借りてあるので、相手は簡単に引き下がりそうにない。同業として、彼の不快さがとてもよく分かる。日常生活で連続する不快感ほど厭なものはない。生活苦なら仕事を得ることで即座に解決するが、近隣騒音は感情が交ざるだけに始末に困る。

Kirin_2公園歩道脇のキリンソウ。
間もなく、管理派の草刈りボランティアによって刈り取られる。

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